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【2024年】シンガポールの労働法 〜雇用契約・労働時間・賃金・休暇など 徹底解説〜

シンガポールの労働法制の特徴は、外国からの投資を誘致し、投資環境をさらに魅力的なものとするため、労働法が会社にかなり有利に設計されている点にあります。例えば、解雇をする際に正当事由が不要である点や、労働時間や休暇を規定した章が適用される労働者が限定されている点などが挙げられます。本記事では、このようなシンガポールならではの労働法制を詳しくご紹介します。


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シンガポールの雇用法

シンガポールの法制度は、コモン・ローであり、判例が積み重なって法体系が形成されるのが原則です。しかし、労働法分野は、その事案の多様さから、判例法のみでは解決が難しく、成文法も相当程度整備されています。

雇用法(Employment Act)はシンガポールの労働法規の根幹とも言える成文法であり、シンガポールの労働法制を理解するために非常に重要です。

労働契約・就業規則

雇用法が適用されるには、労働契約が締結されている必要があります。雇用法が適用された場合、雇用者はCPFと呼ばれる積立金を労働者に支払う義務を負うなど、様々な義務が発生するため、実務上労働契約の締結が認められるかがしばしば問題となります。

労働契約が認められるかについては、契約の実質を踏まえて判断されると考えられています。単に契約書に「労働契約」(Employment Agreement)という文言が記載されていたとしてもそれだけで労働契約と認められるわけではありません。監督指揮権限の存否や、経済的対価などを総合的に考慮して判断するというのが一般的な考え方です。

もし使用者の方で、CPF支払い義務などを免れるため雇用法の適用を受けたくないと考える方がいれば、契約の名称だけでなく、契約の内容も雇用契約とは異なるものにしなければならないということに注意してください。

シンガポールでは、日本と異なり、就業規則を定めなければならないといった規定はありません。しかし、就業規則を定めておけば、労働者を新しく採用する際に個別に労働条件を交渉しなくて良くなるなどのメリットがあるため、就業規則を定める企業が一般的となっています。

また、日本では個別の就業規則の効力が個々の労働契約に優先するのに対し、シンガポールでは、就業規則の法的拘束力は個々の労働契約よりも弱いという点にも注意が必要です。労働契約と矛盾する内容が就業規則に規定されている場合には、就業規則の当該部分は無効となってしまうため、雇用者は、法令変更や就業環境の変化に合わせて常にアップデートしていく必要があります。

雇用期間・試用期間

雇用期間に関しては、雇用法上、有期雇用契約(雇用法9条1項)と無期雇用契約(同条2項)とがあります。しかし、実務上は、有期雇用契約であっても、契約期間中の解雇が法定の予告期間を満たしていれば可能とされていることから、大きな差異はありません。

試用期間に関しては、雇用法上特に規定はありませんが、シンガポールでは雇用慣行として3ヶ月から6ヶ月の試用期間を設けるのが一般的です。なお、試用期間中であっても労働者の雇用法上の各種権利が保障されることは日本と同じです。

賃金

賃金とは、労働契約に基づいて行われた作業に対して支払われる報酬・手当てのことを言います。賃金の支払い方法は、通貨での支払いに限定されており、1ヶ月に1回以上支払わなければならず、さらに全額払いが原則です。これらの点は日本と共通しています。

日本と大きく異なるのはシンガポールには最低賃金がないということです。そのため賃金は労使間の労働契約によって決定され、一部の職種で低所得者が生じてしまう点が問題視されてきました。そこで、近年、一部の職種に「Progressive Wage Model (“PWM”)」という最低賃金のモデルが適用されることとなり、給与の底上げが図られています。

また、シンガポールでは退職金制度が定められていない企業が多いのが一般的であり、この点も日本と大きく異なります。退職金の支払い義務が法律上規定されていないのは両国とも同じですが、日本では、労働契約や就業規則等で退職金を設ける企業が74.9%(厚生労働省の令和5年就労条件総合調査/無作為に選ばれた約6,400社が対象)ですが、シンガポールでは退職金制度は一般的ではありません。

厚生労働省の令和5年就労条件総合調査(無作為に選ばれた約6,400社が対象)によると、74.9%の企業が「退職金制度あり」

労働時間

労働時間に関する規定は、雇用法上、2種類の労働者に適用されることになっています。日本では、すべての労働者に労働時間に関する規定が適用されるのに対し、シンガポールでは適用される労働者が限定されているという点が特徴的です。

シンガポールで労働時間に関する規定が適用される労働者とは、①基本月給S$4,500以下の肉体労働者(Workman)と、②Workman以外の労働者の場合は、管理職や幹部(ManagerないしExecutive)でなく、かつ、基本月給S$2,600以下の労働者の2種類です。

シンガポールでは、雇用法上、原則として、休憩時間を挟まない連続勤務は6時間以内、45分以上の休憩を挟んだ場合には、1日8時間以内、かつ、週に44時間以内の勤務が可能と定められています(雇用法38条)。日本は、原則として、1日に8時間、かつ、1週間に40時間以内ですから、シンガポールの方が1週間に勤務可能な時間が長いと言えます。

時間外労働が行われた場合には、一般的に1時間当たり基本給の1.5倍に相当する金額の時間外手当を支払う必要があります。この点、日本では、労働基準法上、通常の賃金の1.25倍とされているので、シンガポールより時間外手当としては少なくなっています。

2024年シンガポールにおける労働法の改正点

2024年のシンガポール労働法制の改正点は主に下記の点となります。詳細は、シンガポール法律コラムをご参照ください。

1.児童発達共済法(Child Development Co-Savings Act)の休暇についての改正:
改正点は、父親育児休暇の期間の増加、共同育児休暇の導入や無給・乳児介護休暇の日数の増加が挙げられます。(2024年1月1日より施行)

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【~連載~One Asia Lawyers Groupのシンガポール法律コラム】
-第7回-  2024年のシンガポール労働法の改正点について(1)児童発達共済法(Child Development Co-Savings Act)による休暇についての改正

2.職場公正化法(Workplace Fairness Legislation)の制定:
あらゆる形態の職場差別から労働者を保護する規定を定め、また、従業員が柔軟に勤務時間や勤務場所を選び仕事とプライベートのバランスを取りやすくするFlexible Work Arrangement (FWA)制度が導入されます。(2024年12月1日より施行)

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【~連載~One Asia Lawyers Groupのシンガポール法律コラム】
-第9回- 2024年のシンガポール労働法の改正点について(3‐1)職場公正法(Workplace Fairness Legislation)の導入
第10回-2024年のシンガポール労働法の改正点について職場差別に関する紛争についての解決手段
第11回- シンガポールにおけるFlexible Work Arrangement (FWA)の導入について(前編)
第12回-シンガポールにおけるFlexible Work Arrangement (FWA)の導入について(後編)

休暇

休暇に関する規定も、労働時間に関する規定と同様に、適用される労働者が限定されています。ただし、祝日(Public Holidays)および病気休暇(Sick Leave)については、原則としてすべての労働者に適用されます。さらに、2019年の改正によって、休日および休暇に関する規定は、休日規定および休日手当(祝日手当を除く)の規定を除いて、すべての労働者に適用されることになりました。

休日については、使用者は、毎週1日、日曜日または使用者が適宜決定する曜日に無休の休暇として与える必要があると規定されています(雇用法36条)。これに対し、祝日については、すべて有給の休暇とされています(同法88条)。祝日は祝日法(Holidays Act)によって定められ、年間で11日間ありますが、祝日と休日が重なる場合には休日の翌日が有給休暇となります。

労働者が休日労働した場合と、祝日労働した場合とで手当の内容に差があるので注意が必要です。休日労働の場合、以下の給与が支給されます。

 所定労働時間の半分未満の勤務所定労働時間の半分以上の勤務所定労働時間以上の勤務
使用者の要請1日分の給与2日分の給与2日分の給与+時間外手当
(1時間当たり基本給の1.5倍に相当する金額)
労働者の要請半日分の給与1日分の給与1日分の給与+時間外手当
(1時間当たり基本給の1.5倍に相当する金額)

これに対して、祝日労働の場合、1日分の給与に加えて、さらに1日分の特別手当が支給されます(雇用法88条4項)。

シンガポールには日本と同じく、年次有給休暇制度がありますが、休暇の日数の上限などの点で日本と異なる点があるので、注意が必要です。日本の場合、雇い入れの日から6ヶ月間継続勤務し、その間の全労働日の8割以上出勤した労働者に対して10日、以後継続勤務年数が1年増すごとに1日ずつ加算した日数の有給休暇を与えなければならないとされ、最高20日とされています。

これに対して、シンガポールの場合は、雇い入れの日から3ヶ月以上継続勤務した労働者に7日、以後1年増すごとに1日ずつ加算した日数の有給休暇を与えなければならないとされ、最大14日とされています。その他、シンガポールには、有給の病気休暇や、育児休暇などの休暇制度が設けられています。

解雇

雇用契約は、契約期限の到来時に終了するのが原則です(雇用法9条)。しかし、契約期間中であっても、会社の側から労働契約を解消する手段として解雇(Dismissal)があります。解雇のうちよく使われるものとして、①普通解雇、②懲戒解雇、③整理解雇があるのでそれぞれ紹介します。

まず、普通解雇とは、会社が一方的に解雇通知を送付することで、特段の事由なくして労働者を解雇することです。予告通知期間が必要となるものの、会社は特段の事由なしに労働者を解雇できる点がシンガポール労働法における大きな特徴の一つです。

次に、懲戒解雇とは、労働者が職務懈怠や違法行為等を行なっている場合に、適切な調査を経て、その労働者との雇用契約を事前通知なく解雇できるというものです(雇用法14条1項)。雇用契約を解除するためには原則として事前通知が必要なので、通知を一切せずに労働者を解雇できるという点で強力な効果を持ちます。

整理解雇においても、理由が不要な点は他の解雇と共通しています。また、予告通知期間が必要な点は普通解雇と共通しています。もっとも、労働者に対する手当てを支給する義務や、MOMへの通知義務など、他の解雇にはない手続きを履行しなければならない点には注意が必要です。

定年・再雇用

シンガポールの定年退職年齢は、従前は62歳でしたが、2021年11月1日、MOMが定年退職及び再雇用法について改正案を発表しました。

同改正によって、2030年までに、シンガポールにおける定年が65歳、再雇用年齢が70歳に、それぞれ引き上げられることになります。これに対して、日本は60歳以上と定められているので法定の定年退職年齢はシンガポールの方が日本より少し高くなっています。

シンガポールは再雇用に積極的で、さまざまな独自の制度が設けられています。例えば、定年退職を迎えた労働者に対しては、使用者はその労働者が再雇用年齢を迎えるまで、一定の条件を満たす場合には、毎年再雇用のオファーをしなければならないという制度があります。

さらに、使用者側に再雇用のインセンティブを与える仕組みとして、65歳以上の高齢労働者を自主的に再雇用する使用者に対しては、シンガポール政府から、その労働者の月給の最大3%に相当する補助(Special Employment Credit, SEC)が与えられるというものもあります。

パートタイム従業員

パートタイム労働者(part-time employees)とは、使用者との雇用契約に基づき、1週間に「35時間以下の労働」を行う労働者のことを言います(雇用法66A条1項)。

パートタイム労働者とフルタイムの従業員との一番の違いは、給与の計算方法です。フルタイムの従業員は月給制なのに対し、パートタイム労働者は通常時給制です。また、時間外手当や有給休暇の計算方法等もフルタイム労働者と異なっています。

もっとも、上記のようなフルタイム労働者との違いはありますが、パートタイム労働者にも雇用法が適用されるため、れっきとした「労働者」として扱われており、決して労働者とは別のカテゴリーの職種というわけではありませんので注意が必要です。

労働組合

シンガポールには、およそ60の労働者労働組合(Unions For Employee Class)が組織されており、組合員数の合計は約80万人です。また、日本には存在しない珍しい制度として、雇用者によって組織される雇用者労働組合(Unions For Employer Class)も存在します。

労働組合が行う活動としては、団体交渉や労働協約の提案があるほか、ストライキなどの争議行為、労働仲裁裁判所に仲裁の申し立てを行う労働紛争調整などがあります。なお、使用者は労働者が労働組合に加入し、活動し、またはこれを組織する権利を制限してはならない旨が雇用法に規定されており、労働者が組合員であることや正当な権利に基づき上記行為をしていることを理由に、その労働者を解雇することは不当解雇として無効になります。

日本人が駐在する際の注意点

シンガポールはコモン・ロー体系であるため、労働関係においてもコモン・ロー上の権利・義務が存在します。そのため、契約書の明文にはないコモン・ロー特有の権利義務が発生する可能性があることに注意が必要です。

特に、日本は制定法を重視するシビル・ロー体系であるので、日本法に慣れ親しんできた日本人が駐留する際には、予期せぬ義務を負わないために、シンガポールの労働慣習をよく理解しておく必要があります。

また、シンガポールで労働をするためには、その稼働開始前に有効な就労ビザ(Work Passes)を保持していなければなりません。しかし、近年ビザ取得の難易度が高まっていることに注意が必要です。例えば、外国人の専門家、管理職および役員のためのビザであるエンプロイメントパス(Employment Pass, EP)申請に必要な月給の金額水準が2013年12月31日まではS$3,000であったのが、現在(2024.10)ではS$5,000にまで上昇しています。

また、2023年9月よりEP申請時には給与水準に加えてCOMPASSと呼ばれる基準が導入されました。COMPASS導入により、給与金額、国籍の多様性、スキル、ローカル人材の割合等がポイントにより評価されるようになりました。

ポイント制により、ビザ申請により透明度が増したように見られますが、一方で企業の日本人採用には変化も見られました。COMPASS導入の政府の意図としては「現地人の雇用確保」の面があり、日本人の採用がより多く必要な場合は、他の国籍者を多くする、S-Passに切り替えるなどビザのステイタスの考慮など戦略的な雇用計画が必要となります。

シンガポールの労働法の特徴は、①解雇事由なく解雇できる、②雇用法が適用される範囲が限定された従業員のみとなっている、③最低賃金法がないなどの観点から、会社側に非常に有利に設計されているという点にあると言えるでしょう。特に、労働時間や休暇等の規定(雇用法第4章)が適用される労働者が限定され、会社は必ずしも全労働者について、残業代などの労働時間等の規定に従う必要はありません。

まとめ

このような、今後ますます多くの日系企業がシンガポールに進出することが期待されますが、このように日本の労働法とシンガポールの雇用法は大きく異なっていることを理解したうえで、ビジネスを行っていく必要があると言えるでしょう。

著者:栗田 哲郎氏

栗田 哲郎氏
One Asia Lawyers Group代表
シンガポール(FPE)・日本・USA/NY州法弁護士
tetsuo.kurita@oneasia.legal

日本の大手法律事務所に勤務後、シンガポールの大手法律事務所にパートナー弁護士として勤務。その後、国際法律事務所アジアフォーカスチームのヘッドを務め、2016年7月One Asia Lawyers Groupを創立。シンガポールを中心にクロスボーダーのアジア法務全般(M&A、国際商事仲裁等の紛争解決等)のアドバイスを提供している。

2014年、日本法弁護士として初めてシンガポール司法試験に合格し、シンガポール法のアドバイスも提供している。 

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