【~連載~シンガポール経済レポート】第二回 シンガポール経済の強み・弱みを分析
シンガポール経済の「今」をひも解く連載【シンガポール経済レポート】、第二回目は「シンガポール経済の強み・弱みを分析」と題してお届けします。世界経済をけん引するシンガポール経済の強みと弱みとはどんなことがあるでしょうか。早速見ていきましょう。
シンガポール経済の強み
東京23区とほぼ同じ面積を持つシンガポールには、約564万人(2022年6月現在)が暮らし、国際金融都市や東南アジアの玄関口として、世界中から人やモノが集まり活況を呈しています。決して広いとは言えないシンガポールですが、高い経済成長率を維持しており、その原動力については常に注目を浴びています。
そこで、まずシンガポール経済の強みとは何かについて見ていきましょう。
安定した国家力
シンガポールは多民族国家であり、中国語、マレー語、タミル語を公用語にするなど、多民族間の共生を図りながら国家が運営されています。そのため民族間の対立が起こりにくく、政情は安定しており、さらに英語が公用語であることから、海外からのビジネスを誘致しやすい基盤があると言えるでしょう。
スイスのビジネススクール、国際経営開発研究所(IMD)が2022年6月に発表した「世界競争力ランキング2022」において、シンガポールは3位になり、前年の5位から上昇しました。
IMDは63カ国・地域を対象に、20項目および333の基準で競争力をスコア付けして、「全体スコア」「経済パフォーマンス」「政府の効率性」「ビジネスの効率性」「インフラ」の5つのカテゴリーでランキングを発表しています。
シンガポールは、経済パフォーマンス(2位)、政府の効率性(4位)、ビジネスの効率性(9位)でいずれもトップ10に入りました。
また日本格付研究所によると、シンガポールは「AAA」と格付けされており(2022年7月時点)、高度に発展した経済基盤、健全で柔軟性の高い財政構造、対外ショックに対する堅固な耐性などを反映して「安定的」と評価されています。
また、治安の良さや高い医療体制についても評価され、アメリカのコンサルティング大手マーサー社による「生活の質 — アジア太平洋地域の上位10都市」(2019年調査)ではシンガポールが5位にランクインしています。
世界市場への良好なアクセス
シンガポールは、陸路、海路、空路ともに、東南アジアのハブのみならず、世界市場にアクセスしやすい環境が整備されています。
例えば空路では、世界の優れた空港を選ぶ「The World’s Top 10 Airports of 2022」において、シンガポールのチャンギ国際空港は3位にランクインしています。同空港からは、100社を超える航空会社が世界の約100カ国以上の国と地域に運航しており、乗降客数は年間6,200万人以上となっています。
また海路においても、シンガポールは世界の600港以上とつながり、200社の船会社が往来し、シンガポール港に寄港する船舶は年間13万隻を超えると言われています。
歴史上、交易で栄えてきたシンガポールですが、現在では25カ国との自由貿易協定(FTA)が締結されており、多国間および二国間での自由貿易協定により、安定した貿易を行うことができます。
整ったビジネス環境
シンガポール経済開発庁(EDB)によるとグローバルビジネスの拠点として、シンガポールには、世界の大手多国籍企業が地域統括会社を設立したり、成長中のスタートアップ企業がオフィスを開設しています。
また、イノベーションのハブとなるべく、国を挙げてビジネスパークやイノベーションセンターなどの整備を進めており、多国籍企業がスタートアップ企業と連携して協働できるエコシステムを生み出しています。
また税制も整備されており、2022年9月30日時点、シンガポールは、日本を含む世界93カ国租税条約を結んでいるほか、法人税率はアジア地域の中でも低く、17%となっています。
さらに、シンガポールの知的財産(IP)制度は世界でもトップランクに位置しており、人工知能(AI)に関する特許には早期審査を行い保護するなど、国内における特許登録数は東南アジアで最多と言われています。
充実したインフラ
シンガポールにおけるデジタルインフラの整備が進んでおり、2014年にはリー・シェンロン首相により「スマートネーション構想」が発表されました。
スマートネーションを推進する機関として、首相府管轄下に「スマートネーション・デジタル政府グループ(SNDGG)」を設置し、「政府のデジタル化(Digital Government)」「経済のデジタル化(Digital Economy)「社会のデジタル化(Digital Society)を推進しています。
2024年には、シンガポール北東部にデジタル技術を駆使した新しい街「プンゴル デジタル地区(PDD)」がオープンする予定となっています。海沿いの50haの開発地区に、オフィスビル、住宅、大学、コミュニティスペース、商業施設などを建設し、街全体がスマートシティになる構想で、注目を浴びています。
また、海路では、2021年に世界最大のコンテナターミナル「トゥアス ターミナル メガポート」が第1フェーズの運用を開始し、世界貿易のハブ拠点としてますます需要が高まっています。
さらに空路では、世界ベスト空港ランキングで常に上位に入るチャンギ国際空港をはじめ、航空関連産業集積拠点(MRO)「セレタ エアロスペース パーク(SAP)」もあり、ハブ機能を強化しています。
また陸路では、6つの路線と140以上の駅からなるMRT線が国内を網羅しており、物価が高いと言われるシンガポールでは、公共交通機関がリーズナブルなことも有名です。
優秀な人材
教育熱心な国として知られるシンガポールですが、英語が公用語であることから、国民の英語力も高いと言われています。EF英語能力指数(EPI)が毎年発表する「英語力ランキング」では、2022年はシンガポールは2位となりました。
また、イギリスの大学評価機関、クアクアレリ・シモンズ(QS)が毎年公表している「世界の大学ランキング」では、2022年に、11位に国立シンガポール大学(NUS)、12位に南洋工科大学(NTU)がそれぞれランクインし、世界レベルの大学教育を提供していることが評価されています。
スイスのビジネススクール、国際経営開発研究所(IMD)が毎年発表する「世界人材競争力ランキング」においても、2022年、シンガポールは12位にランクインしました。アジア地域では圧倒的に1位であり、優秀な人材が集まっていることが分かります。
シンガポール経済の弱み
これまでシンガポール経済の強みについて見てきましたが、弱点についてはどのようなことがあるでしょうか。ここでは、シンガポール経済が抱える弱みについて見ていきましょう。
物価が高い
イギリスの定期刊行物「Economist」の調査部門である「Economist Intelligence Unit(EIU)」では、毎年「Worldwide Cost of Living」を発表しますが、2022年のランキングでは、シンガポールとニューヨークがトップとなり、世界一生活費が高い都市となりました。
狭い国土に住宅地が密集し、住居費が高いことや、資源が少なく輸入の依存率が高い事情から物価が高いことで有名なシンガポールですが、新型コロナウイルス感染症の世界的な流行に始まり、ウクライナ問題も勃発したことで、国内の物価高にさらに拍車がかかりました。
実際、シンガポール通貨金融庁(MAS)が2022年12月に発表したシンガポールの消費者物価指数(CPI)は6.1%の上昇率であり、前年は2.3%だったことを考えると、いかに上昇しているかが分かります。
下記は、シンガポール統計局発表の各項目におけるCPIの推移(2019年をベースにした数値)を表していますが、2022年は各項目で大幅な上昇が見られました。
単位(%)
2019 | 2020 | 2021 | 2022 | |
食品 | 1.5 | 1.9 | 1.4 | 5.3 |
衣服・靴 | -0.8 | -3.8 | -5.5 | 2.8 |
住宅・公共料金 | -1.0 | -0.3 | 1.4 | 5.2 |
耐久財・家計サービス | 0.8 | 0.3 | 1.5 | 2.0 |
ヘルスケア | 1.1 | -1.5 | 1.1 | 2.2 |
輸送 | 0.8 | -0.7 | 8.8 | 16.4 |
通信 | -0.9 | 0.7 | -0.6 | -1.2 |
娯楽・文化 | 1.1 | -1.8 | 1.0 | 4.3 |
教育 | 2.4 | -0.6 | 1.3 | 2.1 |
物価 | 0.6 | -0.2 | 2.3 | 6.1 |
また、シンガポールではインフレも続いており、シンガポール通貨金融庁(MAS)では2021年秋より金融引き締め策を継続し、物価の安定を図りながら経済を促進するかじ取りを行っています。
資源の少なさ
シンガポールは赤道付近に位置しており、年間を通じて豊富な雨量がありますが、国内に雨水を貯水できる天然湖や帯水層がないことから、建国以来、水資源に対して脆弱な国とされてきました。
2015年には、世界資源研究所(WRI:World Resources Institute)のレポートによって、シンガポールは、水ストレスに対して最も脆弱な国のひとつとランク付けされました。これは、乾燥地域の国であるバーレーン、カタール、クウェートと同格でした。
その後、水供給の自立化を進め、2021年には、国内で4番目となる「ケッペル マリーナ イースト淡水化プラント」が本格稼働をスタート。乾季には海水から、雨季には貯水池の雨水を再生処理して飲料水を供給しています。
また、狭い国土ゆえに農地も極めて少ないですが、その弱みを強みに変えるべく、フードテック企業の誘致にも力を入れています。資源には恵まれていないのがシンガポールの弱みでもありますが、新しい技術を活かしたビジネスを集積して強みに変えていこうとする動きは加速しています。
人口の高齢化
国際経済をけん引するシンガポールは世界の中でも有数の富裕国ですが、人口構造としては「少子高齢化」が急速に進んでおり、労働力の確保という点においては弱点のひとつと言えるでしょう。
下記は、JETROが国連発表の「World Population Prospects: The 2019」をもとに作成した、シンガポールの総人口における各種別ごとの構成比の推移です。
生産年齢人口では、20歳代の割合は減少を続け、2030年には8.5%まで落ち込むとの予想。一方で、65歳以上の老齢人口の割合は、2030年には23.5%にまで上昇し、4人に1人が高齢者になると予想しています。
これは、シンガポールのベビーブーマー世代(1946~1964年生まれ)が続々と高齢者入りしていることが理由として挙げられます。
65歳以上の高齢者1人当たりに対する現役世代(20~64歳)は2012年に6.7人だったのが、2022年には3.8人に減っており、高齢者を支える現役世代が急速に縮小しているとも言われています。
(単位:万人、%)
2015年構成比 | 2020年構成比 | 2025年構成比 | 2030年構成比 | |
若年人口割合(0~14歳) | 12.6 | 12.3 | 12.2 | 12.1 |
生産年齢人口割合(15~64歳) | 78.3 | 74.3 | 69.4 | 64.4 |
1)20歳代 | 14.8 | 14.2 | 11.1 | 8.5 |
2)30歳代 | 16.4 | 15.3 | 14.6 | 13.9 |
3)40歳代 | 17.1 | 16.5 | 15.7 | 14.9 |
4)50歳代 | 16.8 | 16.2 | 15.9 | 15.9 |
老齢人口割合(65歳以上) | 9.0 | 13.4 | 18.5 | 23.5 |
総人口(万人) | 559 | 585 | 594 | 597 |
2022年1月、シンガポール保健省に設置された高齢化閣僚委員会では「2023年度・高齢化を成功裏に迎えるためのアクションプラン」を発表。これは2015年に発表されたプランを改定したもので、急速な高齢化に対する包括的な対応策として策定されました。
同プランは、健康寿命をいかに延ばすかに注力した施策が盛り込まれており、病院で亡くなる人の割合も、現行の61%から、2025年には51%に引き下げる目標を掲げました。
また政府は、高齢者の雇用を支えるしくみとして、雇用主に高齢者の給与の一部を補助する「高齢者雇用クレジット(Senior Employment Credit)」といった制度も設計しており、国を挙げて高齢化問題に取り組んでいます。
就労ビザ取得の厳格化
2022年8月に、シンガポール人材省(MOM)から就労ビザの発行に関する変更が発表され、大きな話題となりました。要点としては「トップクラスの優秀な人材やITなどのテック分野の人材が魅力を感じるようなビザの発行を行う」というものです。
とりわけ、2023年1月から、全セクターのトップ人材に対して新たに「新規就労パス(Overseas Networks & Expertise Pass:通称「ワンパス」)が発行されることは、今回の発表の中でも大きなものです。
申請に際しては、芸術・文化、スポーツ、科学技術、研究・学問の分野で優れた業績を上げている人で月額給与が30,000S$以上であることなどの条件がありますが、最大で5年間有効であり、配偶者もLOCで就労可能など、好条件のビザと言えます。
そのほか、2021年9月から始まった「テックパス(Tech Pass)」など、シンガポール国内で不足する分野の高度人材の誘致を図る政策が進められています。
しかしその一方で、通称EPと呼ばれる「Employment Pass」は、2023年9月より、現在の審査プロセスとまったく異なる新制度「Complementarity Assessment Framework (COMPASS)」によって審査されることになり、取得が厳しくなるとも言われています。
政府の基本方針としては、シンガポール人を中心とする労働力基盤の確立を目指す 「Strong Singaporean Core」を掲げており、外国人労働者の受け入れを規制し、シンガポール人労働者のスキルを向上させ、専門職、管理職、総合職および技術職(Professional, Managerial, Executive and Technical:PMET)の業務を中心にシンガポール人による労働力を強化したいと考えています。ビザ取得の困難化は、シンガポール経済の向上にとっては、弱みのひとつかもしれません。
シンガポールの就労ビザ取得については、下記の関連記事をご一読ください。
注視したいシンガポール経済
シンガポール経済の「今」をひも解く連載【シンガポール経済レポート】、第二回目はシンガポール経済の強み・弱みについて見てきました。都市国家であるシンガポールでは、弱みを強みに変える経済政策を強力に推し進めており、その動向には注目すべきものがあります。
●記事内容は執筆時点の情報に基づきます。
シンガポールのビジネス情報や最新記事、セミナー情報をLINE・YouTubeでお届けしています!
ぜひお友だち追加・チャンネル登録をお願い致します。