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-第10回-2024年のシンガポール労働法の改正点について
職場差別に関する紛争についての解決手段

【~連載~One Asia Lawyers Groupのシンガポール法律コラム】
-第10回-2024年のシンガポール労働法の改正点について
職場差別に関する紛争についての解決手段

みなさん、こんにちはOne Asia Lawyers Group(Focus Law Asia LLC)です。今号では、前号に続き、2024年シンガポールにおける労働法の改正点についてご紹介します。

2024年のシンガポール労働法制の改正点としては主に、(1)2024年1月1日に既に施行されている児童発達共済法(Child Development Co-Savings Act)による休暇についての改正と(2)2024年後半に施行が予定されている職場公正化法(Workplace Fairness Legislation)の2点です。第7回から今回までの4回に分けて、上記(1)および(2)の改正点についてご説明しています。

*(1)については第7回を、(2)の内容:前半については第8回を、(2)の内容:後半については第9回をご覧ください。

③職場差別に関する紛争の解決手段
本稿においては、職場差別に関する紛争についての解決手段について説明します。

(a) Tripartite Alliance for Fair and Progressive Employment Practices (TAFEP)
(*2006年にMOMを含む政府・労働者・使用者の三者によって設立された「公正・進歩的雇用のための三者同盟」)

TAFEPは、差別を経験した労働者が社外で最初に相談する窓口として機能しています。TAFEPに職場の公正を申し立てるには、従業員は、当該差別があったという主張およびそれを裏付ける一定の証拠を提出する必要があります。 すなわち、申し立てを行う従業員は、不利な雇用結果を被ったと考えるに至った出来事を主張し、その主張を裏付けるため、文書による証拠(電子メール、携帯電話のメッセージなど)または口頭による証言(目撃者の口頭による証言を署名したものなど)などを提出することが求められます。

TAFEPへの申立て例
・ある元従業員が、業績目標は達成していたにもかかわらず、年齢を理由に解雇されたとして、TAFEPに申し立てを行いました。申立人は、TAFEPに、上司はペースの速い仕事を管理するために若いチームを作ろうとしているとのこと、上司が別の同僚に「彼は私のチームにいるには年を取りすぎていると思います。もう辞めさせます」と記載されたメールを提出しました。TAFEPは、本事案について、年齢による差別であると認定する可能性があります。

・ある求職者がTAFEPに、自分の人種が採用担当者の人種と違っていたため、特定の仕事に就けなかったとして申し立てを行いました。TAFEPは求職者に、選考過程で人種差別があったと思わせるような言動、それを裏付ける証拠があったかを確認し、人種差別の有無を判断します。

 

(b) Labor Union(労働組合)
労働組合も、紛争解決プロセスにおいて、組合員が雇用主との間で苦情を解決するのを支援しています。

具体的には、後述のTADMに雇用請求を提出するサポートを行い、調停プロセスで組合員を代表して和解を進めるなどの機能を有することがあります。また、差別に直面している組合員は、National Trade Union Congress (NTUC)(「シンガポール全国労働組合会議」)または各組合・団体からも助言を得ることができます。

このため、労働組合に従業員が加盟している場合は、会社側としては、従業員だけではなく、当該労働組合とも対話を行う必要が発生する場合があります。


(c) Tripartite Alliance for Dispute Management (TADM) (紛争管理のための三者提携)
新法の下において、職場差別の申し立てについては、まずTADMで強制調停を行う必要があり、TADMの調停が不調になった場合のみ、Employment Claim Tribunal(ECT、「雇用請求審判所」)で裁定を行うことが可能となります。

TADMにおける調停においては、金銭的補償を主とするのではなく、正しい労働慣行をもとに雇用主を教育し、可能であれば雇用関係を修復することに重点を置いています。両当事者は、復職、謝罪、再就職支援など、金銭以外の救済策も検討・協議します。

なお、このTADMにおける調停は、弁護士が代理することができず、当事者同士で行う必要があります。


(d) Employment Claim Tribunal(ECT)(雇用請求審判所)
TADMで和解が成立しない場合、当事者はECTに申し立てを行うことができます。ECTは、従業員と雇用主との間の雇用契約に関する紛争を解決するための専門的な裁判所であり、従来の法廷よりもアクセスしやすく、効率的で費用対効果が高い解決手段を提供しています。

ECTの主な目的は、従業員と雇用主の間で発生する給与未払い、不当解雇、その他の雇用契約違反に関する紛争を迅速かつ公正に解決することであり、TADMにおける調停と同様、弁護士による代理はできません。

ECTの決定は法的に拘束力があり、裁判所の判決と同様に執行されます。そして、ECTの決定に対しては、限られた理由でのみ上訴が認められています。

(f) MOMによる職場の公正違反に対する適切な強制措置の実施

差別の申し立てが職場公正法に対する重大な違反の疑いがある場合、MOMは自らの職権で調査を行い、違反の重大性に応じて、企業および/または加害者に対して是正命令、就労制限、金銭的罰則などの罰則を課す強制措置を取ることができます。

・低度の違反の場合
MOMによる是正命令が課されることが一般的であり、例えば企業に採用プロセスの見直し、個々の従業員に是正ワークショップへの参加などを求められます。

・中程度の違反の場合
MOMによる行政罰が課されることがあり、通常、会社および個人による違反行為の是正に関する注意/配慮の欠如を示す違反が繰り返された場合に課されます。もっとも、その金額は数千ドルなど必ずしも大きな金額ではないことが一般的です。

・重大な違反の場合
MOMによる民事制裁金、刑事罰が課されることがあり、企業または経営陣が組織的な差別を行う明確な意図を示す最も深刻なケースの場合、MOMは企業/意思決定者に対して裁判所に訴訟を提起し、より大きな金銭的罰則、刑事罰が課される可能性があります。また、当該企業に発給されているビザの申請が制限される可能性があります。


筆者:栗田哲郎(シンガポール法(Foreign Practitioner Examinations)・日本法・アメリカNY州法弁護士)

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One Asia Lawyers Groupは、アジア全域に展開する日本のクライアントにシームレスで包括的なリーガルアドバイスを提供するために設立された、独立した法律事務所のネットワークです。One Asia Lawyers Groupは、日本・ASEAN・南アジア・オセアニア各国にメンバーファームを有し、各国の法律のスペシャリストで構成され、これら各地域に根差したプラクティカルで、シームレスなリーガルサービスを提供しております。 この記事に関するお問い合わせは、ホームページまたは info@oneasia.legal までお願いします。

One Asia Lawyersグループ拠点・メンバーファーム 24拠点(2023年8月時点)
・ASEAN(シンガポール、タイ、マレーシア、ベトナム、フィリピン、インドネシア、カンボジア、ラオス、ミャンマー)
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・日本国内(東京、大阪、福岡、京都)
・中東(アラブ首長国連邦(UAE/ドバイ・アブダビ・アジュマン))
・その他(ロンドン、深圳(駐在員事務所))

・メンバー数(2023年8月時点)
全拠点:約400名(内日本法弁護士約40名)


栗田哲郎 Tetsuo Kurita

One Asia Lawyers Group / 弁護士法人 One Asia
代表弁護士(シンガポール法(FPE)・日本法・アメリカNY法)

tetsuo.kurita@oneasia.legal
+65 8183 5114

2004年より日本の大手法律事務所(森・濱田松本法律事務所)に勤務後、スイス・アメリカへの留学を経て、シンガポールの大手法律事務所(Rajah & Tann)にパートナー弁護士として勤務。その後、国際法律事務所(ベーカーマッケンジー法律事務所)においてアジアフォーカスチームのヘッドを務め、日本企業のアジア進出・M&A・紛争解決に従事する。

その後、2016年7月One Asia Lawyers Groupを創設(シンガポールのメンバーファームはFocus Law Asia LLC)し、シンガポールを中心にアジア全般のクロスボーダー法務(クロスボーダーM&A、国際商事仲裁等の紛争解決、国際労働法等)のアドバイスを提供している。

2009年よりシンガポールに拠点を移し、2014年日本法弁護士としては初めてシンガポール司法試験(Foreign Practitioner Certificate)に合格、日本法・アメリカNY州法に加えて、シンガポール法のアドバイスも提供している。


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