【~連載~川端 隆史のアジア新機軸】
第217回 韓国×経済安保]刑法改正でスパイ罪を拡大。技術流出時代の経済安保

元外交官 × エコノミスト 川端 隆史のアジア新機軸
韓国で9月13日、外国への国家機密の漏えいなどを処罰する改正刑法が施行された。従来の間諜罪(いわゆるスパイ罪)は「敵国」を対象としていたが、新設された98条の2は「外国またはこれに準ずる団体」へ対象を広げた。外国側の指示や働きかけ、意思連絡のもとで国家機密を探知、収集、漏えいする行為などを3年以上の有期懲役とする。
背景の一つには、半導体など先端技術の流出への危機感がある。韓国警察が2025年に摘発した技術流出は179件で、海外流出は33件。中国向けが18件、ベトナム向けが4件だった。流出主体の82.7%は内部者である。今年4月には、元サムスン電子研究員が中国の半導体大手CXMTにDRAM製造技術を流出させたとして懲役7年を言い渡された。
韓国には以前から「産業技術保護法」がある。産業技術のうち、海外流出が国家安全保障や国民経済に重大な影響を与え得るものを政府が「国家核心技術」に指定しており、現在は半導体、ディスプレー、自動車・鉄道、造船、原子力、宇宙、水素など13分野79技術に及ぶ。
今回の刑法が対象とする「国家機密」は、これとは別の概念だ。国家核心技術のような一覧はない。従来の間諜・国家保安法をめぐる最高裁判例では、国家機密は軍事だけでなく政治や経済などにも及び得る一方、秘密として保護する実質的価値なども判断要素とされてきた。
ただ、新設された98条の2でどこまでが国家機密に当たるかは、今後の運用や判例に委ねられる。国家核心技術の流出が、そのまま新しい間諜罪になるわけではない。
その背景には、従来の安全保障法制と現在の経済安全保障とのずれもある。第22代国会では、与野党双方から「敵国」を「外国」へ広げる改正案が相次ぎ、政界では党派をまたいで制度見直しが議論されてきた。
同じ方向の動きは日本にもある。2025年には重要経済安保情報保護活用法が施行され、2026年には経産省が海外生産、人材、共同研究、調達に伴う技術流出対策を拡充した。制度は異なるが、経済・技術情報を安全保障の問題として扱う領域は広がっている。
ASEANでは別の課題が浮かぶ。ベトナム進出韓国企業335社を対象とした2024年調査では、54.6%が技術流出またはその脅威を経験したと回答した。韓国企業が海外で生産や技術移転を広げるほど、何を現地へ移し、何を自国に残し、どう守るかという線引きは難しくなる。
半導体をはじめとする先端産業では、工場や研究開発費だけで競争力を測れなくなった。人材と情報を国境を越えて活用しながら、重要技術をどう守るのか。韓国の刑法改正は、アジアが技術を「つくる・移す・守る」を同時に考える時代に入ったことを映している。
●主要指標

●海外流出33件の流出先

*2026年9月26日脱稿
プロフィール
川端 隆史 かわばたたかし
Kroll日本支社
シニア・バイス・プレジデント
外交官×エコノミストの経験を活かし、現地・現場主義にこだわった情報発信が特徴。アジア新興国の政治経済、地政学、サイバーセキュリティ、アジア財閥、イスラム経済、スタートアップなどが主な関心事。
1999年に東京外国語大学東南アジア課程を卒業後、外務省で在マレーシア日本国大使館や国際情報統括官組織等に勤務し、東南アジア情勢の分析を中心に外交実務を担当。2010年、SMBC日興証券に転じ、金融経済調査部ASEAN担当シニアエコノミストとして国内外の機関投資家、事業会社への情報提供に従事。
2015年、ユーザベースグループのNewsPicks編集部に参画し、2016年からユーザベースのシンガポール拠点に出向、チーフアジアエコノミスト。2020年から2023年まで米国リスクコンサルティングファームのシンガポール支社Kroll Associates (S) Pte Ltdで地政学リスク評価、非財務・法務のビジネスデューデリジェンスを手がけた。
2023年にEYストラテジー・アンド・コンサルティングのインテリジェンスユニット・シニアマネージャーとしてビジネスインテリジェンスの強化を手がけた後、2024年4月よりスタートアップのジョーシス株式会社でジョーシスサイバー地経学研究所を立ち上げ、地経学とサイバー空間をテーマに情報発信。2025年11月よりKrollに復帰し、アジア新興国を中心とした企業インテリジェンス活動に従事。
共著書に「マレーシアを知るための58章」(2023年、明石書店)「東南アジア文化事典」(2019年、丸善出版)、「ポスト・マハティール時代のマレーシア−政治と経済はどうかわったか」(2018年、アジア経済研究所)、「東南アジアのイスラーム」(2012年、東京外国語大学出版会)、「マハティール政権下のマレーシア−イスラーム先進国を目指した22年」(2006年、アジア経済研究所)。
栃木県足利市出身。NewsPicksプロピッカー、LinkedInトップボイス。
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