【~連載~川端 隆史のアジア新機軸】
第215回[フィリピン×経済]上位中所得国入りの陰でGDP成長率2.3%。洪水対策汚職が問う成長モデル

元外交官 × エコノミスト 川端 隆史のアジア新機軸
8月7日に発表されたフィリピンの2026年4~6月期の実質GDP成長率は、前年同期比2.3%だった。2021年以来の低い伸びである。
内訳を見ると、総資本形成は9.2%減、建設投資は14.8%減。企業部門の建設投資が3.8%増、家計なども0.8%増えた一方、政府部門は32.4%減った。公共工事の落ち込みが際立つ。(本文中の伸び率は全て前年同期比)
背景にあるのが、洪水対策事業をめぐる汚職問題だ。マルコス大統領は2025年7月28日の施政方針演説で、粗悪工事や実体のない「ゴースト事業」を批判し、過去3年間の事業監査を指示した。政府の初期報告では、2022年7月から2025年5月までの洪水対策事業は9855件、総額約5456億ペソ。総額の約2割が15社に集中していた。
実質GDP成長率2.3%をこの問題だけで説明することはできない。家計消費の伸びも2.8%に鈍化し、設備投資も弱かった。ただ、政府建設が3割以上減った影響は小さくない。政府も洪水対策問題が公共支出や投資家心理を通じ、景気減速の一因になったとの認識を示している。
影響が大きいのは、フィリピンの成長そのものが投資に強く依存してきたためでもある。世界銀行によれば、2010年以降の経済成長の9割超は資本蓄積によるもので、全要素生産性の寄与は1割未満だった。公共投資の拡大や投資促進改革が民間投資を呼び込み、高成長を支えてきた。
だからこそジレンマが生じる。不正を放置すれば税金が失われ、必要なインフラも整わない。一方、事業を止めて精査すれば、短期的には投資が減り、景気を下押しする。汚職摘発に伴う事業見直しにも経済的なコストが生じる。
背景には予算政治の構造もある。2013年に最高裁が、議員が地元向け事業などに裁量的に振り向ける「ポークバレル」予算を違憲とした後も、フィリピン大学ディリマン校経済学部のJC・プノンバヤン准教授(開発経済学)は、予算成立前の審議を通じて地方向けの個別事業を組み込む余地が残ったと指摘する。
しかも洪水対策は、台風や豪雨が頻発するフィリピンに欠かせない。政府は2026年度予算で国内財源による洪水対策事業をいったん外した。だが、2027年度予算案では洪水対策に1074億ペソを計上した。着手済み事業の維持・改修などを含み、事業位置の特定や衛星データを使った監視も強化する方針だ。
折しもフィリピンは2026年7月、世界銀行の所得分類で上位中所得国入りを果たした。次の段階では、資本投入を増やすだけでなく、生産性を高める成長への転換が必要になる。
問われるのは、公共投資を減らすか増やすかではない。不正を洗い出しながら、必要な事業を透明な手続きで動かせるかだ。実質GDP成長率2.3%という数字は、「工事を増やす成長」から「効果のある投資を選ぶ成長」へと移行できるかを問う数字でもある。
実質GDP成長率の減速と政府建設投資の急減(フィリピン、2024年1–3月期〜2026年4–6月期)

棒:政府部門の建設投資(前年同期比、%)
単位:%、前年同期比
※2024年以降を表示し、コロナ禍直後の反動局面を除外
*2026年8月25日脱稿
プロフィール
川端 隆史 かわばたたかし
Kroll日本支社
シニア・バイス・プレジデント
外交官×エコノミストの経験を活かし、現地・現場主義にこだわった情報発信が特徴。アジア新興国の政治経済、地政学、サイバーセキュリティ、アジア財閥、イスラム経済、スタートアップなどが主な関心事。
1999年に東京外国語大学東南アジア課程を卒業後、外務省で在マレーシア日本国大使館や国際情報統括官組織等に勤務し、東南アジア情勢の分析を中心に外交実務を担当。2010年、SMBC日興証券に転じ、金融経済調査部ASEAN担当シニアエコノミストとして国内外の機関投資家、事業会社への情報提供に従事。
2015年、ユーザベースグループのNewsPicks編集部に参画し、2016年からユーザベースのシンガポール拠点に出向、チーフアジアエコノミスト。2020年から2023年まで米国リスクコンサルティングファームのシンガポール支社Kroll Associates (S) Pte Ltdで地政学リスク評価、非財務・法務のビジネスデューデリジェンスを手がけた。
2023年にEYストラテジー・アンド・コンサルティングのインテリジェンスユニット・シニアマネージャーとしてビジネスインテリジェンスの強化を手がけた後、2024年4月よりスタートアップのジョーシス株式会社でジョーシスサイバー地経学研究所を立ち上げ、地経学とサイバー空間をテーマに情報発信。2025年11月よりKrollに復帰し、アジア新興国を中心とした企業インテリジェンス活動に従事。
共著書に「マレーシアを知るための58章」(2023年、明石書店)「東南アジア文化事典」(2019年、丸善出版)、「ポスト・マハティール時代のマレーシア−政治と経済はどうかわったか」(2018年、アジア経済研究所)、「東南アジアのイスラーム」(2012年、東京外国語大学出版会)、「マハティール政権下のマレーシア−イスラーム先進国を目指した22年」(2006年、アジア経済研究所)。
栃木県足利市出身。NewsPicksプロピッカー、LinkedInトップボイス。
SNSリンクはこちら