【~連載~川端 隆史のアジア新機軸】
第214回[インドネシア×資源戦略]ニッケルの次は「価格決定権」――資源大国が狙う次の一手

元外交官 × エコノミスト 川端 隆史のアジア新機軸
インドネシアの資源政策が、新たな段階に入ろうとしている。プラボウォ・スビアント大統領は8月14日、鉱物など戦略的な商品を扱う新たな取引所を設け、2027年1月1日の稼働を目指す方針を明らかにした。
目標は、主要輸出品についてインドネシア発の指標価格を形成することだ。プラボウォ氏は、インドネシアは世界的な商品生産国であるだけでなく、価格を決める側になるべきだと訴えた。
この構想を理解するカギが、インドネシアの資源政策を象徴する「ヒリリサシ(hilirisasi)」である。一般に「川下化」と訳され、天然資源を原料のまま輸出するのではなく、国内で加工して付加価値を高めようという考え方だ。
ただし、この発想は今に始まったものではない。2009年の鉱業法は鉱物の国内加工・精錬を義務づけ、ユドヨノ政権(2004〜14年)末期の2014年にはニッケルなど未加工鉱石の輸出が原則禁止された。
ジョコウィ政権(2014〜24年)は2017年に低品位ニッケル鉱石の条件付き輸出を再び認めたものの、2020年にはこの例外を打ち切り、ニッケル鉱石の輸出を全面禁止した。こうした長期的な流れの中で、ジョコウィ氏はニッケルを中心とする川下化を経済政策の看板へと押し上げた。
プラボウォ政権もこの路線を継承している。今回の新しさは、その射程を加工工程から「取引」と「価格形成」へ広げようとしている点にある。今年5月には石炭、パーム油、フェロアロイの輸出取引への国家関与を強める方針を打ち出した。新たな取引所も、資源から得られる価値をより多く国内に取り込もうとする流れの延長線上にある。
もっとも、生産量が多ければ国際価格を決められるわけではない。インドネシアは2023年にCPO(粗パーム油)取引所を開設したが、取引はなお限定的で、国際的な価格形成ではマレーシアのBursa Malaysia Derivativesが強い。
新たな取引所も、十分な取引量と透明性を確保し、海外企業が実際に利用する市場にならなければ、政府が目指す「価格決定権」にはつながらない。
2023年の本連載第128回では、インドネシアの「資源の呪い」を取り上げ、資源価格の上昇による輸出増に頼るのではなく、製造業を育成する重要性を指摘した。
今回の動きは、その後のインドネシアが資源をどのように産業発展につなげようとしているかを示すものでもある。資源から離れるのではなく、それを起点に加工、さらに取引へと、国内で得られる付加価値の範囲を広げていくからだ。
「掘って輸出する」から「国内で加工する」へ。そして今度は「取引し、価格形成にも関与する」へ。新たな取引所が世界の価格形成を動かせるかは未知数だ。それでも、複数の政権を通じて進められてきた付加価値化政策が、プラボウォ政権で新たな段階に入ろうとしている。
インドネシア資源政策の流れ〜川下化から価格形成への関与へ〜

*2026年8月17日脱稿
プロフィール
川端 隆史 かわばたたかし
Kroll日本支社
シニア・バイス・プレジデント
外交官×エコノミストの経験を活かし、現地・現場主義にこだわった情報発信が特徴。アジア新興国の政治経済、地政学、サイバーセキュリティ、アジア財閥、イスラム経済、スタートアップなどが主な関心事。
1999年に東京外国語大学東南アジア課程を卒業後、外務省で在マレーシア日本国大使館や国際情報統括官組織等に勤務し、東南アジア情勢の分析を中心に外交実務を担当。2010年、SMBC日興証券に転じ、金融経済調査部ASEAN担当シニアエコノミストとして国内外の機関投資家、事業会社への情報提供に従事。
2015年、ユーザベースグループのNewsPicks編集部に参画し、2016年からユーザベースのシンガポール拠点に出向、チーフアジアエコノミスト。2020年から2023年まで米国リスクコンサルティングファームのシンガポール支社Kroll Associates (S) Pte Ltdで地政学リスク評価、非財務・法務のビジネスデューデリジェンスを手がけた。
2023年にEYストラテジー・アンド・コンサルティングのインテリジェンスユニット・シニアマネージャーとしてビジネスインテリジェンスの強化を手がけた後、2024年4月よりスタートアップのジョーシス株式会社でジョーシスサイバー地経学研究所を立ち上げ、地経学とサイバー空間をテーマに情報発信。2025年11月よりKrollに復帰し、アジア新興国を中心とした企業インテリジェンス活動に従事。
共著書に「マレーシアを知るための58章」(2023年、明石書店)「東南アジア文化事典」(2019年、丸善出版)、「ポスト・マハティール時代のマレーシア−政治と経済はどうかわったか」(2018年、アジア経済研究所)、「東南アジアのイスラーム」(2012年、東京外国語大学出版会)、「マハティール政権下のマレーシア−イスラーム先進国を目指した22年」(2006年、アジア経済研究所)。
栃木県足利市出身。NewsPicksプロピッカー、LinkedInトップボイス。
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