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第213回[マレーシア×シンガポール]ジョホール・シンガポール経済特区(後編)――シンガポールはジョホールの成長を取り込めるか

【~連載~川端 隆史のアジア新機軸】
第213回[マレーシア×シンガポール]ジョホール・シンガポール経済特区(後編)――シンガポールはジョホールの成長を取り込めるか

元外交官 × エコノミスト 川端 隆史のアジア新機軸

前編(月日掲載)では、JS-SEZがジョホールの新たな成長軸となり得るかを考えた。後編はシンガポール側から見る。

国土と労働供給に制約があり、事業コストも高い同国にとって、この構想は成長の限界を越える手段となるのか。マスタープランと投資ブループリントは公表が延期されている。両文書は完成・閣議承認済みで、マスタープランは12月の両国首脳会談で共同公表される予定だが、投資は先行している。

6月3日付の企業向けページで、シンガポール経済開発庁(EDB)は「シンガポール+ツイニングモデル」を掲げた。地域統括や研究開発などシンガポールが強みを持つ機能と、ジョホールの製造基盤や土地、労働力を組み合わせ、両地域を一つの事業基盤として使う発想である。

シンガポール政府は7月7日、2024年1月の覚書締結以降、同国企業・同国拠点企業がジョホールに55億シンガポールドル超の投資をコミットしたと説明した。関心は具体的な事業へ移りつつある。

企業はシンガポールに中核機能を置きながら、ジョホールで事業規模を広げられる。サプライチェーンを近距離で分散すれば、コストを抑え、供給途絶への耐性も高まる。国土の外に成長余地を広げ、東南アジアの統括拠点としての役割を保つ機会ともなる。

ただし、この分業が固定されるとは限らない。ジョホールも高付加価値の仕事や熟練雇用を域内に根付かせようとしている。両地域の利害は重なる一方、研究開発、人材、デジタル産業をどちらに置くかをめぐっては競争も起きる。ジョホールで完結する機能が増えれば、シンガポールの優位性は薄れかねない。

必要なのは、低コストの機能を対岸へ移すだけの戦略ではない。国内でも研究開発や専門サービスを高度化し、新しい産業と雇用を育てる必要がある。移転だけが先行すれば、国内産業の厚みが失われかねない。

2026年末から2027年1月にかけて開業が見込まれるRTSリンクは、両地域を約5分で結び、毎時片方向最大1万人を運ぶ。人材交流が進む一方、シンガポール企業の採用機会はジョホール企業には人材流出の圧力となる。人材を奪い合うだけでなく、共同で育てる仕組みが求められる。

鉄道が近づけるのは物理的な距離にすぎない。通関や許認可、人材移動など、国境に残る摩擦を減らせなければ、一つの経済圏は実現しない。得られるのは、国土の制約を越えた成長余地である。一方、対応を誤れば、国内産業の厚みや地域での相対的な優位を失う可能性もある。問われるのは、ジョホールの成長を抑えることではなく、その成長とともに自国の役割を更新できるかである。

*2026年8月4日脱稿


プロフィール

川端 隆史 かわばたたかし

Kroll日本支社
シニア・バイス・プレジデント

外交官×エコノミストの経験を活かし、現地・現場主義にこだわった情報発信が特徴。アジア新興国の政治経済、地政学、サイバーセキュリティ、アジア財閥、イスラム経済、スタートアップなどが主な関心事。

1999年に東京外国語大学東南アジア課程を卒業後、外務省で在マレーシア日本国大使館や国際情報統括官組織等に勤務し、東南アジア情勢の分析を中心に外交実務を担当。2010年、SMBC日興証券に転じ、金融経済調査部ASEAN担当シニアエコノミストとして国内外の機関投資家、事業会社への情報提供に従事。

2015年、ユーザベースグループのNewsPicks編集部に参画し、2016年からユーザベースのシンガポール拠点に出向、チーフアジアエコノミスト。2020年から2023年まで米国リスクコンサルティングファームのシンガポール支社Kroll Associates (S) Pte Ltdで地政学リスク評価、非財務・法務のビジネスデューデリジェンスを手がけた。

2023年にEYストラテジー・アンド・コンサルティングのインテリジェンスユニット・シニアマネージャーとしてビジネスインテリジェンスの強化を手がけた後、2024年4月よりスタートアップのジョーシス株式会社でジョーシスサイバー地経学研究所を立ち上げ、地経学とサイバー空間をテーマに情報発信。2025年11月よりKrollに復帰し、アジア新興国を中心とした企業インテリジェンス活動に従事。

共著書に「マレーシアを知るための58章」(2023年、明石書店)「東南アジア文化事典」(2019年、丸善出版)、「ポスト・マハティール時代のマレーシア−政治と経済はどうかわったか」(2018年、アジア経済研究所)、「東南アジアのイスラーム」(2012年、東京外国語大学出版会)、「マハティール政権下のマレーシア−イスラーム先進国を目指した22年」(2006年、アジア経済研究所)。

栃木県足利市出身。NewsPicksプロピッカー、LinkedInトップボイス。
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