【~連載~川端 隆史のアジア新機軸】
第211回[ASEAN×AIインフラ]ジョホールからハノイへ、データセンター開発の経験は輸出されるか

元外交官 × エコノミスト 川端 隆史のアジア新機軸
本連載では以前、マレーシア、とりわけジョホールのデータセンターについて取り上げた。シンガポールに近く、相対的に土地や電力の余地があるジョホールは、東南アジアのデジタルインフラ地図を読むうえで重要な場所になっている。
今回興味深いのは、その話が「マレーシア国内のデータセンター誘致」にとどまらず、域内の他国への展開として現れ始めた点である。7月5日夜、ハノイ市人民委員会のチュオン・ヴィエット・ズン副主席は、工業団地開発大手Kinh Bac City Development Holding Corporation(KBC)系のHưng Yên Groupと、マレーシアのJLand Groupによる連合体から、ハノイでのハイテク イノベーション データセンター複合施設の開発提案について説明を受けた。
ハノイ市側や現地報道によれば、初期提案の投資規模は40億〜60億ドル程度。対象にはAIデータセンター、大規模データセンター、HPC、半導体、クラウド、ロボティクス、グリーン技術などが含まれる。
ただし、これはまだ確定した投資案件ではない。7月6日にKBCの公式サイトに掲載された発表でも、両社の協力は、ベトナムでのハイテク工業団地開発の可能性を研究し、提案し、具体化を探るためのMoUと位置づけられている。今後の実施は、地方計画、法的手続き、当局の承認に従う。現段階で「60億ドルのAI都市が誕生する」と言い切るのは早い。
それでも、東南アジアのデジタルインフラにおけるマレーシア企業の役割という視点では注視したい話題だ。JLandはジョホール州政府系のJohor Corporation傘下で、Ibrahim Technopolis、なかでもSedenak Tech Parkをデータセンターとデジタルインフラの中核として育ててきた。
JLand自身も、Hưng Yên Groupとの協力について、ジョホールでの統合型産業インフラ開発の経験をベトナムで応用できるか検討するものと説明している。いわば「ジョホール モデル」の輸出可能性を探る動きである。
ベトナムにも文脈がある。ハノイは西部のホアラック ハイテクパークを、大学、研究機関、都市鉄道、専門人材向け住宅と結びつけ、技術都市として再構築しようとしている。AIデータセンターやHPCを誘致するには、サーバーを置く土地だけでは足りない。電力、冷却、水、通信、研究人材、生活環境までを束ねる都市設計が必要になる。
実現には、なお多くのプロセスが必要だ。ただ、マレーシア企業がデータセンタービジネスの経験をASEAN域内で横展開しようとしており、その候補にベトナムが浮上している点は、地域経済の新たな展開として見守る価値がある。ジョホールからハノイへ。データセンターの経験そのものが移動し始めたことに、このニュースの新しさがある。

*2026年7月8日脱稿
プロフィール
川端 隆史 かわばたたかし
Kroll日本支社
シニア・バイス・プレジデント
外交官×エコノミストの経験を活かし、現地・現場主義にこだわった情報発信が特徴。アジア新興国の政治経済、地政学、サイバーセキュリティ、アジア財閥、イスラム経済、スタートアップなどが主な関心事。
1999年に東京外国語大学東南アジア課程を卒業後、外務省で在マレーシア日本国大使館や国際情報統括官組織等に勤務し、東南アジア情勢の分析を中心に外交実務を担当。2010年、SMBC日興証券に転じ、金融経済調査部ASEAN担当シニアエコノミストとして国内外の機関投資家、事業会社への情報提供に従事。
2015年、ユーザベースグループのNewsPicks編集部に参画し、2016年からユーザベースのシンガポール拠点に出向、チーフアジアエコノミスト。2020年から2023年まで米国リスクコンサルティングファームのシンガポール支社Kroll Associates (S) Pte Ltdで地政学リスク評価、非財務・法務のビジネスデューデリジェンスを手がけた。
2023年にEYストラテジー・アンド・コンサルティングのインテリジェンスユニット・シニアマネージャーとしてビジネスインテリジェンスの強化を手がけた後、2024年4月よりスタートアップのジョーシス株式会社でジョーシスサイバー地経学研究所を立ち上げ、地経学とサイバー空間をテーマに情報発信。2025年11月よりKrollに復帰し、アジア新興国を中心とした企業インテリジェンス活動に従事。
共著書に「マレーシアを知るための58章」(2023年、明石書店)「東南アジア文化事典」(2019年、丸善出版)、「ポスト・マハティール時代のマレーシア−政治と経済はどうかわったか」(2018年、アジア経済研究所)、「東南アジアのイスラーム」(2012年、東京外国語大学出版会)、「マハティール政権下のマレーシア−イスラーム先進国を目指した22年」(2006年、アジア経済研究所)。
栃木県足利市出身。NewsPicksプロピッカー、LinkedInトップボイス。
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