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第210回[タイ×物流戦略]ランドブリッジ構想の現実味―マラッカ海峡依存の代替となり得るか

【~連載~川端 隆史のアジア新機軸】
第210回[タイ×物流戦略]ランドブリッジ構想の現実味―マラッカ海峡依存の代替となり得るか

元外交官 × エコノミスト 川端 隆史のアジア新機軸

イラン情勢を受けてホルムズ海峡の重要性が改めて意識されるなか、タイが長年温めてきた物流構想が再び脚光を浴びている。

2026年6月、タイ政府は総額約1兆バーツ規模の「ランドブリッジ計画」の推進を改めて打ち出した。インド洋と太平洋を結ぶこの構想は、しばしば「クラ運河の代替案」とも呼ばれる。このニュースを聞き、「クラ運河構想の復活だろうか」と感じた人もいるかもしれない。

確かに、タイ南部を横断するという点では共通している。しかし両者は似て非なるものだ。かつて議論されたクラ運河構想は、クラ地峡を掘削し、アンダマン海とタイ湾を直接つなぐ巨大運河計画だった。

実現すれば船舶はマラッカ海峡を経由せずに航行できるため、「第二のスエズ運河」とも呼ばれた。しかしながら、コストやタイ深南部の分離独立派による治安問題で進むことはなかった。

一方、今回のランドブリッジ計画は運河を掘らない。貨物を一度港で降ろし、陸路で反対側へ輸送して再び船に積み替える仕組みである。船を通すのではなく、コンテナを通す発想だ。また、タイ南部ではあるが、深南部のような治安問題はない。

壮大な夢を描いたクラ運河に比べれば、まだ現実的な構想と言える。もっとも、現実的だからといって成功しやすいということではない。

最大の課題は採算性である。貨物の積み替えには時間もコストもかかる。物流業界では数時間の遅れやわずかなコスト差が競争力を左右するため、平時であればマラッカ海峡をそのまま通過する方が効率的だ。

世界有数の積み替え港であるシンガポール港には、港湾機能だけでなく金融、保険、海運サービスなどの巨大なエコシステムが集積しており、その優位性は依然として揺るがない。専門家の間でも、仮にランドブリッジができたとしても、マラッカ海峡やシンガポールの代替になるとの見方は限定的だ。

それでもタイがこの計画に力を入れる理由は、「効率性」だけでは測れない価値が生まれているからだろう。新型コロナ禍、紅海情勢の混乱、そしてホルムズ海峡をめぐる緊張などを通じて、企業や政府はサプライチェーンの脆弱性を痛感した。

かつては最短距離・最低コストが重視されたが、現在は多少コストが高くても代替ルートを確保することが重要視されている。物流に求められるものが、効率性からレジリエンスへと変化しているのである。

その意味で、ランドブリッジ計画はマラッカ海峡を置き換えるためのプロジェクトではない。むしろ、アジア物流に新たな選択肢を加える試みと見るべきだろう。実現までには投資確保や需要創出など多くの課題が残る。決して容易な計画ではないだろう。

しかし、タイがクラ運河という壮大な夢ではなく、より実現可能性のある物流回廊を選択したこと自体に、アジアのインフラ戦略の変化が表れている。

今のアジアに必要なのは「途切れない物流網」だ。ランドブリッジ計画は、実現性はともあれ、その時代の変化を象徴するプロジェクトなのかもしれない。

*2026年6月24日脱稿

プロフィール

川端 隆史 かわばたたかし

Kroll日本支社
シニア・バイス・プレジデント

外交官×エコノミストの経験を活かし、現地・現場主義にこだわった情報発信が特徴。アジア新興国の政治経済、地政学、サイバーセキュリティ、アジア財閥、イスラム経済、スタートアップなどが主な関心事。

1999年に東京外国語大学東南アジア課程を卒業後、外務省で在マレーシア日本国大使館や国際情報統括官組織等に勤務し、東南アジア情勢の分析を中心に外交実務を担当。2010年、SMBC日興証券に転じ、金融経済調査部ASEAN担当シニアエコノミストとして国内外の機関投資家、事業会社への情報提供に従事。

2015年、ユーザベースグループのNewsPicks編集部に参画し、2016年からユーザベースのシンガポール拠点に出向、チーフアジアエコノミスト。2020年から2023年まで米国リスクコンサルティングファームのシンガポール支社Kroll Associates (S) Pte Ltdで地政学リスク評価、非財務・法務のビジネスデューデリジェンスを手がけた。

2023年にEYストラテジー・アンド・コンサルティングのインテリジェンスユニット・シニアマネージャーとしてビジネスインテリジェンスの強化を手がけた後、2024年4月よりスタートアップのジョーシス株式会社でジョーシスサイバー地経学研究所を立ち上げ、地経学とサイバー空間をテーマに情報発信。2025年11月よりKrollに復帰し、アジア新興国を中心とした企業インテリジェンス活動に従事。

共著書に「マレーシアを知るための58章」(2023年、明石書店)「東南アジア文化事典」(2019年、丸善出版)、「ポスト・マハティール時代のマレーシア−政治と経済はどうかわったか」(2018年、アジア経済研究所)、「東南アジアのイスラーム」(2012年、東京外国語大学出版会)、「マハティール政権下のマレーシア−イスラーム先進国を目指した22年」(2006年、アジア経済研究所)。

栃木県足利市出身。NewsPicksプロピッカー、LinkedInトップボイス。
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