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第207回[マレーシア×インフラ安全保障]「AIインフラ拠点」へ浮上するマレーシア、試される資源インフラの持続力

【~連載~川端 隆史のアジア新機軸】
第207回[マレーシア×インフラ安全保障]「AIインフラ拠点」へ浮上するマレーシア、試される資源インフラの持続力

元外交官 × エコノミスト 川端 隆史のアジア新機軸

東南アジアのデジタル地図の地殻変動がマレーシア南部のジョホール州で起こりつつある。

2026年5月25日下旬、米大手格付け機関ムーディーズが発表したレポート「Power and execution risks intensify for data centers in South and Southeast Asia」は、東南アジアのデータセンター(DC)容量が今後数年間で年平均24%になるとの高成長を予測した。

中でもジョホール州は、すでに約897メガワットの稼働容量を誇り、マイクロソフトやオラクル、バイトダンスといったメガテック企業からの巨額投資を次々と呼び込んでいる。シンガポールの代替地として急浮上したマレーシアは、今や「東南アジアのAIデータセンターハブ」としての地位を確立しつつある。

この背景には、隣国シンガポールが直面する土地・電力・水資源の厳しい制約がある。シンガポール政府がDCの新規拡張を厳格に管理する中、企業は「ハブ&スポーク」モデルを採用し始めた。物理的距離が近く、比較的潤沢な土地を持つジョホールへと、クラウド事業者やAI関連企業の投資が集中している。

さらに、ジョホール・シンガポール経済特区(JS-SEZ)構想も、域内統合への期待を高めている。こうした動きはマレーシア経済にとって長年の最重要課題であった高付加価値産業への転換に合致する。

しかし同時に、AIという巨大なインフラ消費産業がもたらす資源の限界という課題も浮上している。生成AIを支える最新のサーバー群は膨大な電力を消費し、大量の熱も発する。

ムーディーズの分析によれば、マレーシアで現在電力供給契約を結んでいるDCプロジェクトがすべてフル稼働した場合、総電力需要は7ギガワットを超え、マレーシア半島部の現在の総発電容量の約25%に達する可能性がある。

これは、一国の送電網とエネルギー政策の構造を変貌させかねない規模だ。冷却システムが消費する莫大な水資源も、地元住民の生活インフラへの負荷として懸念が高まる。すなわち、マレーシアでは持続可能性やエネルギー効率を重視したDC開発管理の強化が新たな課題となっている。

外資を呼び込む成長戦略と、地元インフラの保護、そして世界的な脱炭素というESG的要請をどう両立させるのか。AI時代の競争優位は、安定した電力、水、送電網をいかに確保できるかという「インフラ安全保障」が国家競争力の源泉になりつつあるのだ。

日系企業にとっても、電力と水はもはや「お金を払えば使えるインフラ」ではない。事業継続を根本から左右する最重要の戦略資源と位置づけるべきだろう。

マレーシアが単なるシンガポールの受け皿を脱し、真のデジタル経済圏の中核へと飛躍できるか。その成否は、資源制約を制御するインフラ・ガバナンスの質にかかっている。

 

*2026年5月27日脱稿

プロフィール

川端 隆史 かわばたたかし

Kroll日本支社
シニア・バイス・プレジデント

外交官×エコノミストの経験を活かし、現地・現場主義にこだわった情報発信が特徴。アジア新興国の政治経済、地政学、サイバーセキュリティ、アジア財閥、イスラム経済、スタートアップなどが主な関心事。

1999年に東京外国語大学東南アジア課程を卒業後、外務省で在マレーシア日本国大使館や国際情報統括官組織等に勤務し、東南アジア情勢の分析を中心に外交実務を担当。2010年、SMBC日興証券に転じ、金融経済調査部ASEAN担当シニアエコノミストとして国内外の機関投資家、事業会社への情報提供に従事。

2015年、ユーザベースグループのNewsPicks編集部に参画し、2016年からユーザベースのシンガポール拠点に出向、チーフアジアエコノミスト。2020年から2023年まで米国リスクコンサルティングファームのシンガポール支社Kroll Associates (S) Pte Ltdで地政学リスク評価、非財務・法務のビジネスデューデリジェンスを手がけた。

2023年にEYストラテジー・アンド・コンサルティングのインテリジェンスユニット・シニアマネージャーとしてビジネスインテリジェンスの強化を手がけた後、2024年4月よりスタートアップのジョーシス株式会社でジョーシスサイバー地経学研究所を立ち上げ、地経学とサイバー空間をテーマに情報発信。2025年11月よりKrollに復帰し、アジア新興国を中心とした企業インテリジェンス活動に従事。

共著書に「マレーシアを知るための58章」(2023年、明石書店)「東南アジア文化事典」(2019年、丸善出版)、「ポスト・マハティール時代のマレーシア−政治と経済はどうかわったか」(2018年、アジア経済研究所)、「東南アジアのイスラーム」(2012年、東京外国語大学出版会)、「マハティール政権下のマレーシア−イスラーム先進国を目指した22年」(2006年、アジア経済研究所)。

栃木県足利市出身。NewsPicksプロピッカー、LinkedInトップボイス。
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