【~連載~川端 隆史のアジア新機軸】
第205回[日本×ベトナム]「自律」と「強靭」を追求する日越共創の未来。高市総理ハノイ演説が示す新局面の機会とリスク

元外交官 × エコノミスト 川端 隆史のアジア新機軸
2026年5月2日、ベトナム国家大学ハノイ校で行われた高市総理の外交演説は、2023年に「アジアと世界における平和と繁栄のための包括的戦略的パートナーシップ」となったベトナムとの関係をより強靱化する意図が強く感じられた。
この演説は、日本企業にとって未曾有のビジネス機会を提示する一方で、多極化する国際情勢下で企業が戦略的思考が求められることも浮き彫りにしている。
高市総理がベトナムが「AirPods」や「ニンテンドースイッチ2」といったガジェットの製造拠点となっていると言及したように、現在のベトナムはハイテク製品のグローバルサプライヤーへと進化している。日本企業にとっての最大の機会は、この「高度化するベトナム市場」との共創にあるだろう。
高市演説のうち、筆者が注目した日系企業にとって重要な点は次の通りだ。
第一に、日越大学での「半導体チップ技術学部」開設である。現地の優秀な若手人材を日本のサプライチェーンに組み込む機会となる。
第二に「FOIPデジタル回廊構想」による海底ケーブルやオープンRANの整備支援は、日本の通信・ITベンダーに巨大な市場を開放することになるだろう。
第三に宇宙開発とレアアースである。地球観測衛星「LOTUSat-1」の受注やレアアース開発の連携は、最先端技術を持つ日本企業にとっての新たな輸出・資源調達のフロンティアとなる。
一方で、この「進化したFOIP(自由で開かれたインド太平洋)」は、自立性を追求するがゆえに、相応のリスクも考慮する必要があろう。
第一に、経済的威圧への耐性構築コストである。演説では、特定国への過度な依存を脱するためのサプライチェーン強靭化が強調された。企業にとって、調達ルートの分散という「安定」を得る代わりに、従来の効率性や低コストを一部犠牲にすることにもなる。そのバランスが日本政府にも企業にも重要なポイントとなる。
第二に、エネルギー供給の不安定さだ。中東情勢などの外部要因によって、アジア全体のエネルギー供給網は常に試されている。日本企業がベトナムで操業を続ける上では、現地のニソン製油所支援などの枠組みを最大限活用しつつ、自助努力としての省エネ・脱炭素化の加速が避けられない。
高市総理が演説で強調したのは、日本とベトナムが互いに「自律性」と「強靭性」を高めることで、大国に翻弄されない経済圏を築くという意志だ。もはや論をまたないが、日本企業にとって、ベトナムはもはや「安さ」を求める投資先ではない。
不安定な地政学的環境が続くなか、民間企業にとっても地域の安定という「公の利益」を確保しながら利益を最大化する、高度な経営判断が求められる思考が求められる。

*2026年5月6日脱稿
プロフィール
川端 隆史 かわばたたかし
Kroll日本支社
シニア・バイス・プレジデント
外交官×エコノミストの経験を活かし、現地・現場主義にこだわった情報発信が特徴。アジア新興国の政治経済、地政学、サイバーセキュリティ、アジア財閥、イスラム経済、スタートアップなどが主な関心事。
1999年に東京外国語大学東南アジア課程を卒業後、外務省で在マレーシア日本国大使館や国際情報統括官組織等に勤務し、東南アジア情勢の分析を中心に外交実務を担当。2010年、SMBC日興証券に転じ、金融経済調査部ASEAN担当シニアエコノミストとして国内外の機関投資家、事業会社への情報提供に従事。
2015年、ユーザベースグループのNewsPicks編集部に参画し、2016年からユーザベースのシンガポール拠点に出向、チーフアジアエコノミスト。2020年から2023年まで米国リスクコンサルティングファームのシンガポール支社Kroll Associates (S) Pte Ltdで地政学リスク評価、非財務・法務のビジネスデューデリジェンスを手がけた。
2023年にEYストラテジー・アンド・コンサルティングのインテリジェンスユニット・シニアマネージャーとしてビジネスインテリジェンスの強化を手がけた後、2024年4月よりスタートアップのジョーシス株式会社でジョーシスサイバー地経学研究所を立ち上げ、地経学とサイバー空間をテーマに情報発信。2025年11月よりKrollに復帰し、アジア新興国を中心とした企業インテリジェンス活動に従事。
共著書に「マレーシアを知るための58章」(2023年、明石書店)「東南アジア文化事典」(2019年、丸善出版)、「ポスト・マハティール時代のマレーシア−政治と経済はどうかわったか」(2018年、アジア経済研究所)、「東南アジアのイスラーム」(2012年、東京外国語大学出版会)、「マハティール政権下のマレーシア−イスラーム先進国を目指した22年」(2006年、アジア経済研究所)。
栃木県足利市出身。NewsPicksプロピッカー、LinkedInトップボイス。
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