【連載】第5回 シンガポールの税務戦略〜国際税務の基礎を徹底解説~
連載「シンガポールの税務戦略」、前回までの連載では日本の税務についての内容についてでしたが、今回は「国際税務」についてお届けします。日本とシンガポール間で行われる取引の際に必ず知っておくべき税務知識をお伝えします。
国際税務とは
国際税務とは、一言で表すと「二つの国の間での税金の引っ張り合い」です。そもそも税制は国ごとに定められており、国内での取引の場合はその国の税制を検討すればよいといえますが、国をまたいでの取引を行う場合はどちらの国の税制に従えば良いのでしょうか?そこで必要となるのが国際税務の概念です。基本となるのは「どこに住んでいる人(もしくは会社)」が「どの国で稼いだ所得なのか」を整理していくことです。ここからは日本とシンガポール間について具体的に見ていきましょう。
国際税務のポイント
国際税務の基本的な考え方
上述の通り、国際税務を考えるうえで最も重要なのは「どこに住んでいる人(もしくは会社)」が「どの国で稼いだ所得なのか」を整理することです。
前者(どこに住んでいる人か)は居住性と呼ばれ、シンガポールからみてシンガポールに住んでいる人をシンガポール居住者、シンガポールに住んでいない人をシンガポール非居住者といいます。
後者(どの国で稼いだ所得なのか)は所得の源泉地国と呼ばれ、シンガポールからみてシンガポールで稼いだ所得を(シンガポールの)国内源泉所得、シンガポール以外の国で稼いだ所得を(シンガポールの)国外源泉所得といいます。
居住性で2タイプ、所得の源泉地国で2タイプあり、それぞれのかけ合わせ、つまり4タイプ(居住者が得る国内源泉所得、非居住者が得る国内源泉所得、居住者が得る国外源泉所得、非居住者が得る国外源泉所得)でそれぞれ税務の取り扱いが異なります。
納税者の居住国を特定する
日本もシンガポールも所得税の取扱いが居住者、非居住者によって変わることから、税務上の居住性がとても重要になります。
一定の特殊な状況を除き、基本的にはシンガポールに住んでいる人は日本に住んでいない人(シンガポールで居住者&日本で非居住者)、日本に住んでいる人はシンガポールに住んでいない人(日本で居住者&シンガポールで非居住者)になりますが、日本とシンガポールで比較した場合、税金の高い日本で非居住者に、税金の安いシンガポールで居住者になる方が圧倒的に有利となることから、「シンガポールで居住者&日本で非居住者となるにはどうすればよいか?」が多くの方にとっての関心事になります。
この点、シンガポールでは、Employment pass保持者であれば基本的に居住者とされるというシンプルな基準である一方、日本は滞在日数やその他の客観的事実をもって総合的に判定されるという曖昧な基準になっています。また、シンガポールでEmployment passを保有していて居住者と認定されたとしても、日本でも居住者となる(二重居住者といいます)ことがあるため、(シンガポール側の居住性というよりは)日本の居住性(日本で居住者なのか非居住者なのか)が最大の論点となります。
ちなみに「年間183日以上、シンガポールに居なければならない」といわれることがありますが、183日は租税条約上の給与所得の短期滞在者免税の基準であり、居住性の判断基準としての183日はあくまで目安でしかない点に注意が必要です。
取引の発生国を特定する
国際税務では上述の通り、「その所得はどの国で得たのか(所得の源泉地国といいます)」が非常に重要になりますが、多くの場合、その取引の内容によって判断基準が異なります。例えば給与所得であればどこの国で物理的に働いて得た所得なのか、配当であれば配当を支払った法人の所在国はどこか、といった判断基準で所得の源泉地国を決定します。
源泉税の有無を把握する
源泉税とは、報酬などの支払い時に支払者が一定の税金を控除して支払い、その控除した税金を受取人の代わりに支払者が申告・納税する制度をいいます。
国際税務において、一般的に「非居住者に国内源泉所得の対価を支払う」場合に源泉税の考慮が必要になります。日本居住者/日本法人がシンガポール国内源泉所得を得た場合のシンガポール法人からの支払いや、シンガポール居住者/シンガポール法人が日本国内源泉所得を得た場合の日本法人からの支払いなどが典型例です。
源泉税の有無やその税率などは取引の内容、支払う側の税法に基づいた税率、それから支払う側の国と受け取る側の国で締結している租税条約などによって決まります。
<シンガポールで源泉税の対象となる支払い>
シンガポール法人が、非居住者や外国法人に支払われる場合、主に以下の取引が源泉徴収の対象となります。
・貸付金または負債に関する利息、手数料等の支払い ・動産の使用料やその他の一時金支払い ・著作者、作曲家、振付師などに対する権利利用料の支払い ・科学的、技術的、工業的または商業的な知識または情報の使用または使用権に対する支払い ・動産の賃料その他の支払い ・技術支援やサービス料の支払い ・マネジメントフィーの支払い ・非居住者によるシンガポール国内不動産の売却 ・不動産投資信託(REIT)からの国外法人等への分配金の支払い ・非居住者への役員報酬やエンターテイメント報酬の支払い ・非居住者/外国法人への報酬等の支払い ・非居住エージェントへのカジノ誘致報酬等の支払い |
取引の内容によって税率が変わる、または源泉税の対象外になる場合もあるため、源泉税支払いの判断は必ず専門家の判断が必要となります。
特に日本の要注意税制は3つ
一方、日本において特に注意すべき税制に「出国税、タックスヘイブン対策税制、移転価格税制」があります。個人の方がシンガポールに移住する際や日本法人がシンガポールに進出する際のみならず、移住・進出後、さらには本帰国後、撤退後も気を付けなければならない税制といえます。
【関連記事】 ・【連載】第2回 シンガポールの税務戦略~シンガポール進出で気をつけるべき3つの日本の税務① 「出国税」 ・【連載】第3回 シンガポールの税務戦略~シンガポール進出で気をつけるべき3つの日本の税務②タックスヘイブン対策税制 ・【連載】第4回 シンガポールの税務戦略〜シンガポール進出で気をつけるべき3つの日本の税務③移転価格税制 ~ |
その他、知っておくべき制度
租税条約
国際取引の際、税務面で問題となってくるのが二重課税の問題です。お金を支払う側の国とお金をもらう側の国それぞれの税法に従うと、双方の国から課税される場合、いわゆる二重課税となり国際取引に二の足を踏んでしまう企業が増えるでしょう。
その二重課税の問題を取り除くため、国同士で「租税条約」を締結することにより、税制を調整し国際取引の鈍化を防いでいます。租税条約では双方の国の健全な投資・経済交流の促進を図ることを目的とするため、自国の利益だけを追求する非常識な税制導入を抑える役割も担っています。
ちなみにシンガポールは日本を含む世界93カ国・地域と包括的な租税条約を締結しており(2022年9月30日現在)、日本とは1994年に締結しています。
会社規模が大きくなり複数の国との取引が発生する場合、租税条約の組み合わせによっては税務効率が良い取引を行うことが可能です。実務上、租税条約は源泉税率を検討するうえでとても重要な検討要素となります。
外国税額控除
外国税額控除とは租税条約と同様、二重課税を防ぐための一つの方法で、国際取引を行う際はこの外国税額控除を使えるかどうかが大きなポイントになります。
例えば、日本法人がシンガポール法人へ報酬や権利料といったなんらかの支払いを行う場合を考えます。支払い時に日本側で源泉税が課税されたとしても、その後、シンガポール側でもシンガポールの法人税がかかりますが、シンガポール側で外国税額控除を適用すれば、日本側ですでに支払った源泉税をシンガポールでの法人税の前払いとして扱い、シンガポール側の法人税負担が軽減されることとなります。このような仕組みで二重課税を防止・もしくは軽減する制度を外国税額控除といいます。
控除額の計算は少し複雑ですが、日本で課税された日本側の源泉税額とシンガポールで課税された法人税額のいずれか低い方が限度となり、シンガポール法人側が赤字で法人税が課税されない場合など、一定の場合には日本で支払った源泉税の全部または一部が取り返せないということになります。
適用要件や控除額の計算については、専門家にご相談されるのをお勧めします。
国際税務で必ず知っておくべきこととは?
国をまたがる取引を行う際には、必ず双方の国での税制を知っておく必要があります。両国での源泉税の対象となる支払い、居住性の考え方の違いなどを十分に把握しておくことが二重課税を防ぐことにつながります。実際の判断は煩雑なため、専門知識の豊富なプロフェッショナルに頼ることが必要となりますが、まずは取引をする前にこのような知識を念頭に置いておくことが大前提となります。
監修:CPAコンシェルジュ様のご紹介
CPA Concierge Pte Ltdは、2014年から日系企業のシンガポール進出、日本人起業家や富裕層のシンガポール移住、法人設立、ビザ申請、会計税務をサポートしています。これまで400件を超えるご相談に対応してきました。
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萱場 玄氏
会計事務所CPAコンシェルジュ(CPA CONCIERGE PTE LTD)創業者。
公認会計士(日本)、税理士(日本)、プロフェッショナルカンパニーセクレタリー(シンガポール)、Xero公認アドバイザー、経営心理士。
●記事内容は執筆時点の情報に基づきます。
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