【~連載~川端 隆史のアジア新機軸】
第159回[マレーシア×政治]公務員が大票田。総選挙に向けた足音が聞こえ始めるマレーシア
元外交官 × エコノミスト 川端 隆史のアジア新機軸
マレーシアでは公務員の給与が引き上げられる見込みである。8月に発表されており、2024年12月1日と2026年1月1日からと二段階に分けて実施される予定となっている。この動きは、総選挙をにらんだものではないかと議論されている。
物価上昇といった経済的な要因もあるが、政治的な視点からみれば、マレーシアの公務員は170万人ほどいて大票田とみなされているからだ。マレーシアの人口は3,300万人超であるから、人口比でみれば公務員は5%ほどいることになる。公務員の家族も含めれば、更に大きくなる。また、村落部などでは公務員は学歴が高く見識があると見なされる傾向もあるため、周囲の人への影響も考えられる。
シンガポール国立大学が発行するISEAS Perspectiveによれば、連邦政府の公務員の78%はマレー系だとされている。したがって、マレー系を主な支持基盤とする政党にとって公務員からの支持取り付けは重要課題である。いわゆるマレー系政党でなくても、選挙区によっては華人候補に対してマレー人票が結果を握る地域もあるため、どの政党にとっても公務員票は重要だ。
マレーシアでは総選挙の足音が聞こえ始めている。直近の総選挙は2022年11月だった。この選挙で選出された下院議員の任期は同年12月19日から5年間で2027年12月までの予定だ。それまでには少し早すぎると思うかもしれないが、過去、マレーシアの下院は5年の任期満了を迎えたことが一度もない。4年数ヶ月で解散総選挙というパターンが続いている。任期から4年程度で総選挙とすれば、今年12月で2年が経過して折り返し点となる。
また、長年の政治体制が2018年に崩れて政権交代が起こってからは、中小規模政党の合従連衡が続いている。そのため、政局によっては任期が4年に満たない状況で選挙が行われるというパターンも生まれるかもしれない。とすれば、2026年に選挙があってもおかしくないし、2027年は確実に選挙イヤーとなる。
今回の公務員の給与の引き上げ幅は、ランクによって異なるが7%からから15%が計画されている。幹部層は7%、マネージャー以下や専門職は15%だ。業績や市場環境で給与が改訂される民間企業と異なり、公務員の給与は政治決定である。
確かに最近の物価上昇基調や通貨リンギ安が続いている状況では、マクロ経済的にみても公務員の給与は引き上げられても良いかもしれない。そうだったとしても、マレーシアの公務員票は政治的に重要な意味があるということは、政治分析をする上で一つ、念頭に入れておくべき要素だろう。
*2024年10月27日脱稿
プロフィール
川端 隆史 かわばたたかし
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社
ストラテジー/インテリジェンスユニット シニアマネージャー
外交官×エコノミストの経験を活かし、現地・現場主義にこだわった情報発信が特徴。主な研究テーマは東南アジアなど新興国マクロ政治経済、地政学、アジア財閥ビジネスの変容とグローバル化、イスラム経済、医療・ヘルスケア産業、スタートアップエコシステム、テロ対策・危機管理。
1999年に東京外国語大学東南アジア課程を卒業後、外務省で在マレーシア日本国大使館や国際情報統括官組織等に勤務し、東南アジア情勢の分析を中心に外交実務を担当。2010年、SMBC日興証券に転じ、金融経済調査部ASEAN担当シニアエコノミストとして国内外の機関投資家、事業会社への情報提供に従事。
2015年、ユーザベースグループのNewsPicks編集部に参画し、2016年からユーザベースのシンガポール拠点に出向、チーフアジアエコノミスト。2020年から2023年まで米国リスクコンサルティングファームのシンガポール支社Kroll Associates (S) Pte Ltdで地政学リスク評価、非財務・法務のビジネスデューデリジェンスを手がけた。
2023年にEYストラテジー・アンド・コンサルティングのインテリジェンスユニット・シニアマネージャーとしてビジネスインテリジェンスの強化を手がけた後、2024年4月よりITデバイス&SaaSの統合管理クラウドを提供する現所属にて情報発信を担当。
共著書に「東南アジア文化事典」(2019年、丸善出版)、「ポスト・マハティール時代のマレーシア-政治と経済はどうかわったか」(2018年、アジア経済研究所)、「東南アジアのイスラーム」(2012年、東京外国語大学出版会)、「マハティール政権下のマレーシア-イスラーム先進国を目指した22年」(2006年、アジア経済研究所)。
栃木県足利市出身。NewsPicksプロピッカー、LinkedInトップボイス。
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