【~連載~One Asia Lawyers Groupのシンガポール法律コラム】
-第22回- シンガポールにおける仲裁

Focus Law Asia LLC
弁護士(シンガポール法) エドワード・N・オウン
皆さん、こんにちは。One Asia Lawyers GroupのシンガポールメンバーファームFocus Law Asia LLCです。
今回と次回は、国際取引でよく利用される「仲裁」について説明します。日系企業が当事者となるアジア太平洋地域の国際契約では、契約者間の紛争を解決するためにシンガポール仲裁を利用することが多く、その観点から解説したいと思います。
仲裁とは?
「紛争解決」といえば、皆さんの多くは裁判を想像するでしょう。日本国内の商事契約では「東京地裁を第一審裁判所とする」という条項がよく見られますが、国際取引だと海外の契約先がこのような規定に納得してくれない場合もあります。その代わり利用されるのが、仲裁条項です。
「仲裁」というのは、当事者以外の第三者が紛争を解決するという点で裁判に似ています。しかし、裁判と違って裁判官が判断を下すのではなく、当事者双方の合意で選任される「仲裁人」という中立の民間人が裁判官の役割を果たします。理論上は誰でも仲裁人になれますが、多くの場合、様々な領域の専門家が仲裁人になります。
「仲裁」は一定の手続に基づいて行われます。この手続は仲裁地の法律(仲裁法)に規定されています。契約の当事者が契約書の仲裁条項に仲裁地を指定することで、仲裁地の仲裁法が適用されることになるのです。実務上、当事者にとって第三国を仲裁地と指定することが一般的です。
日本企業が東南アジア諸国の現地企業と契約を結ぶ際には、シンガポールを仲裁地とするケースが多くあります。よく誤解されるのですが、「仲裁地」は仲裁が実際に行われる場所ではなく、あくまでも仲裁手続の準拠法を指定するものです。実際、審問などの仲裁手続が仲裁地で実施されるとは限らず、ビデオ電話での仲裁手続の実施も一般的になりました。
仲裁地の法律に基づいて仲裁を実施するのは、仲裁地の仲裁機関(機関仲裁)か、あるいは、当事者が独自に手続きや仲裁人を選任して行う仲裁(アドホック仲裁)です。仲裁手続の具体的なルールを「仲裁規則」といいます。理論上は当事者間で一からつくりあげることも可能ですが、実際には、仲裁機関の規則を使用することが一般的です。また、仲裁の管理や事務も仲裁機関へ依頼することが一般的です。
アジア太平洋地域内では、シンガポールが王道の仲裁地といわれています。そして、多く使われる仲裁機関は、シンガポール国際仲裁センター(SIAC)や国際商業会議所(ICC)です。契約書中に具体的に仲裁機関を指定する場合もありますし、単に「シンガポールでの仲裁」とだけ規定する場合もあります。後の紛争を避けるためには、契約書中に仲裁機関を具体的に規定することが推奨されます。
仲裁と裁判の違い
紛争解決の手段として、裁判を利用するか仲裁を利用するかについては、公正性(判断の公正中立)、経済性(費用)、効率性(所要時間・秘密保持)の観点から判断されます。
公正性(判断の公正中立): 裁判は国の司法制度の下で行われるため、原則として公正中立な判断が期待できます。一方、国際取引においては、自国の裁判所よりも中立的な第三国の仲裁機関や仲裁地を選択することで、より公正な判断を求めることができます。
経済性(費用): 一般的に、裁判は国が運営するため費用が比較的低く抑えられますが、仲裁は仲裁人への報酬や仲裁機関への手数料が発生するため、費用が高くなる傾向があります。
効率性(所要時間・秘密保持): 裁判は厳格な手続きや多くの審理を要するため、長期化しやすい傾向があります。一方、仲裁は当事者の合意に基づき柔軟に進められるため、迅速な解決が期待できます。また、仲裁は非公開で行われるため、秘密保持の観点からも優れています。
契約書の紛争解決条項にどちらを記載するかは自由ですので、当事者にとっても最も合理的な選択をすればよいのです。
仲裁条項の書き方
仲裁条項で、仲裁の対象となる紛争の範囲をどのように定めるかは、当事者の自由です。しかし、実務上は特定の紛争に限定するのではなく、以下のような包括的な表現が用いられることがほとんどです。「本契約から、または本契約に関連して生ずることがあるすべての紛争、論争又は意見の相違」
シンガポールの法律上、仲裁条項には書面の記録が必要です(国際仲裁法*1) 第2A条第3項*1、仲裁法*2) 第4条第3項)。単なる仲裁廷の管轄を認める条項でも有効な仲裁条項とされるものの、一般的には仲裁地、仲裁人数と仲裁機関等の合意事項も定めることが推奨されます。
次回は、仲裁の具体的な手続、及び仲裁人の権限について説明しますので、どうぞお楽しみに!
以上
*1) International Arbitration Act 1994(国際仲裁のみへ適用されます)
*2 )Arbitration Act 2001(国内仲裁のみへ適用されます)
【執筆者】
One Asia Lawyers Group/Focus Law Asia LLC
◉シンガポール法・日本法・アメリカNY州法弁護士 栗田 哲郎
◉シンガポール法弁護士 エドワード・N・オウン
<エドワード・N・オウンお問い合わせ先>
E-mail:edwardong@focuslawasia.com
電話番号:6950 0865
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One Asia Lawyers Group

One Asia Lawyers Groupは、アジア全域に展開する日本のクライアントにシームレスで包括的なリーガルアドバイスを提供するために設立された、独立した法律事務所のネットワークです。One Asia Lawyers Groupは、日本・ASEAN・南アジア・オセアニア各国にメンバーファームを有し、各国の法律のスペシャリストで構成され、これら各地域に根差したプラクティカルで、シームレスなリーガルサービスを提供しております。
One Asia Lawyersグループ拠点・メンバーファーム 24拠点(2023年8月時点) ・ASEAN(シンガポール、タイ、マレーシア、ベトナム、フィリピン、インドネシア、カンボジア、ラオス、ミャンマー) ・南アジア(インド、バングラデシュ、ネパール、パキスタン) ・オセアニア(オーストラリア、ニュージーランド) ・日本国内(東京、大阪、福岡、京都) ・中東(アラブ首長国連邦(UAE/ドバイ・アブダビ・アジュマン)) ・その他(ロンドン、深圳(駐在員事務所)) ・メンバー数(2023年8月時点) 全拠点:約400名(内日本法弁護士約40名) |
栗田哲郎 Tetsuo Kurita
One Asia Lawyers Group / 弁護士法人 One Asia 代表弁護士(シンガポール法(FPE)・日本法・アメリカNY法) tetsuo.kurita@oneasia.legal |
2004年より日本の大手法律事務所(森・濱田松本法律事務所)に勤務後、スイス・アメリカへの留学を経て、シンガポールの大手法律事務所(Rajah & Tann)にパートナー弁護士として勤務。その後、国際法律事務所(ベーカーマッケンジー法律事務所)においてアジアフォーカスチームのヘッドを務め、日本企業のアジア進出・M&A・紛争解決に従事する。
その後、2016年7月One Asia Lawyers Groupを創設(シンガポールのメンバーファームはFocus Law Asia LLC)し、シンガポールを中心にアジア全般のクロスボーダー法務(クロスボーダーM&A、国際商事仲裁等の紛争解決、国際労働法等)のアドバイスを提供している。
2009年よりシンガポールに拠点を移し、2014年日本法弁護士としては初めてシンガポール司法試験(Foreign Practitioner Certificate)に合格、日本法・アメリカNY州法に加えて、シンガポール法のアドバイスも提供している。
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