【~連載~One Asia Lawyers Groupのシンガポール法律コラム】
-第20回- シンガポールの競争法について

みなさん、こんにちはOne Asia Lawyers Group (Focus Law Asia LLC)です。今号は、シンガポールの競争法についてご説明いたします。競争法とは、日常生活ではあまり聞くことがない法律ですが、シンガポールで働く人にとって、ふとしたときに問題となる法律です。シンガポールでの会社の業務がうまく進んでいる時ほど、競合の他社の従業員と話してはいけないことを話してしまったり、取引相手に対して無理な要求をしてしまい、競争法上の問題となる可能性があります。
今回は、シンガポールの競争法に関して説明し、シンガポールで働かれている日本人が知っておくべき注意点について解説いたします。
シンガポール競争法とは?
日本の独占禁止法に相当するシンガポールの法律が、The Competition Act (Chapter 50B、「競争法」)です。シンガポールの競争法は、2004年に成立しました。シンガポールと日本の競争法は、規定されている枠組みが若干異なっていますが、禁止しようとしている具体的な行為については、概ね一致しています。日本の公正取引委員会に相当する競争法の執行機関が、COMPETITION&CONSUMER COMMISSION SINGAPORE(「CCCS」)です。
禁止される具体的な行為は、大きく分けて、①競争制限的協定、②支配的地位の濫用、③合併の3つに分けられます。
まず、①競争制限的協定は、いわゆるカルテル等を含む競業会社間の協定を禁止するルールとなります。例えば、シンガポールでお米を販売できる業者がA社とB社の2社のみとして、この2社がお米の値段を10倍にしようと協定を結んだとします。すると、シンガポールの皆さんは10倍の値段を払ってお米を買わなければいけなくなって、困ってしまいます。
また、お米の値段が固定されてしまうと、より良いお米を作って提供しようという企業努力もなされなくなって、社会全体にとって不利益な状態となります。①は、このような状態となるような協定をしないでくださいというルールになります。日本でも同様のルールがあります。
次に、②支配的地位の濫用は、マーケットにおけるかなり強い立場の会社が、自社を有利とするために他の会社に嫌がらせをする行為を禁止するルールです。例えば、先ほどの例では、シンガポールのスーパーは、A社かB社のお米しか購入できませんが、A社がスーパーに対して、お米の購入と一緒にA社が販売している精米機を高額で購入しろと要求したとします。スーパーとしては、お米を購入しないとやっていけませんので高額な精米機を購入しなければいけません。
このようなことをしてしまうとこのスーパーの資金繰りが悪化して潰れてしまうかもしれませんし、その結果として、スーパーの数が減り、スーパー間の競争も少なくなってしまいます。②は、このような状態とならないように、マーケットにおける強い立場(支配的地位)を「濫用」することを禁止するというルールになります。日本でも同様のルールがあります。
最後の、③合併は、会社が合併することによって競争が少なくなる状態を禁止するルールです。上記事例でA社とB社が合併をしてしまうと、シンガポール国内でお米を販売できる会社が1社となってしまい、競争が全く起きなくなってしまいます。③合併は、このようなことを禁止するルールです。日本でも同様のルールがあります。
競争法違反とならないための注意点
シンガポールでは、会社のためと思っての行動であったとしても、違法となる可能性があります。例えば、競合する会社で務める友人らとお酒を飲んでいたら、その友人が突然事業の価格等に関する話をし始めて、それを止めなかった場合、①競争制限的協定を行なったと評価される可能性があります。
違法となった場合、多額の制裁金を支払うことになる可能性があります。また、CCCSからの調査に協力をしない場合、個人もS$1万以下の罰金や12か月以下の懲役刑となる可能性もあります。
特に、シンガポール等の海外でご相談が多いのが、競合他社との勉強会、研究会です。例えば、JCCIや和僑会などで、競合他社と勉強会、その後の懇親会になることも多いと思います。
そのような際にも、カルテルに該当する可能性があるので、下記のような情報は決して交換しないように気を付けてください。勉強会の資料などに盛り込むと重大な問題になることがあります。
・販売価格やコストの具体的な計画や見通しに関する情報
・販売数量の具体的な計画や見通しに関する情報
・顧客との取引や引き合いの具体的な内容に関する情報
このようなお話をしてしまうと、なかなか普段の生活から緊張をしてしまうかもしれませんが、重要なのは「競争に悪影響を与える禁止すべき情報」と、「そうでない情報」を明確に区別することです。禁止すべき情報は、価格、生産量や販売量、販売先や販路等に関するものです。
必ずしも禁止されない情報は、一般的な市場動向や技術動向、経営知識や行政の動向、社会経済情勢に関する概括的な情報等です。
万が一、禁止すべき情報が、競業する会社で務める友人らから出てきてしまった場合、何も反応せずに黙っていることは得策ではありません。この場合、CCCSが発行している資料にも明記されておりますが、まずは、席から立ち上がり、このような会話との間に距離を取り、このような会話を拒絶する明確な意思を示す必要があります。何も反応をせずに話を聞いていると、このような協定に参加したとみなされる可能性があります。
競争法違反の可能性がある行為をした場合の対応
競争法違反行為である競争制限的協定行為をしてしまった場合でも、救済措置として、リニエンシーという制度があります。これは、仮に違反をしてしまった場合であっても、CCCSへ自ら申告を行うことにより、制裁金の全部又は一部が免除される可能性がある制度です。現時点でのルールでは、具体的には、CCCSによる審査開始前の最初の申告者は全額免除、審査開始後の最初の申告者は100%以内の免除可能性、その後は50%以内の免除可能性があります。
基本的には、競争法上のリスクがある会社の場合、競争法違反とならないためのコンプライアンスマニュアルを作成し、そのマニュアルを役員従業員の方に理解していただくことが推奨されます。これにより、競争法違反を予防するだけでなく、実際に、競争法違反行為に巻き込まれた際の対応方法が明確になるからです。
近年は、中国、タイ、シンガポール等を中心に、アジア各国での競争法違反に対する取り締まりが強化されております。シンガポール等の東南アジア諸国で勤務される際にも、会社のためを思っての行動が競争法違反となってしまい、結果として、多大な損害を被る可能性があります。当地の競争法の内容を確認いただき、万が一、トラブルに巻き込まれた場合、速やかに会社へ相談し、各種専門家のアドバイスを受けることが推奨されます。
次回は、シンガポール贈収賄規制について、ご説明いたします。
【執筆者】
One Asia Lawyers Group/Focus Law Asia LLC
シンガポール法・日本法・アメリカNY州法弁護士 栗田 哲郎
日本法弁護士 鴫原 洋平
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One Asia Lawyers Group

One Asia Lawyers Groupは、アジア全域に展開する日本のクライアントにシームレスで包括的なリーガルアドバイスを提供するために設立された、独立した法律事務所のネットワークです。One Asia Lawyers Groupは、日本・ASEAN・南アジア・オセアニア各国にメンバーファームを有し、各国の法律のスペシャリストで構成され、これら各地域に根差したプラクティカルで、シームレスなリーガルサービスを提供しております。
One Asia Lawyersグループ拠点・メンバーファーム 24拠点(2023年8月時点) ・ASEAN(シンガポール、タイ、マレーシア、ベトナム、フィリピン、インドネシア、カンボジア、ラオス、ミャンマー) ・南アジア(インド、バングラデシュ、ネパール、パキスタン) ・オセアニア(オーストラリア、ニュージーランド) ・日本国内(東京、大阪、福岡、京都) ・中東(アラブ首長国連邦(UAE/ドバイ・アブダビ・アジュマン)) ・その他(ロンドン、深圳(駐在員事務所)) ・メンバー数(2023年8月時点) 全拠点:約400名(内日本法弁護士約40名) |
栗田哲郎 Tetsuo Kurita
One Asia Lawyers Group / 弁護士法人 One Asia 代表弁護士(シンガポール法(FPE)・日本法・アメリカNY法) tetsuo.kurita@oneasia.legal |
2004年より日本の大手法律事務所(森・濱田松本法律事務所)に勤務後、スイス・アメリカへの留学を経て、シンガポールの大手法律事務所(Rajah & Tann)にパートナー弁護士として勤務。その後、国際法律事務所(ベーカーマッケンジー法律事務所)においてアジアフォーカスチームのヘッドを務め、日本企業のアジア進出・M&A・紛争解決に従事する。
その後、2016年7月One Asia Lawyers Groupを創設(シンガポールのメンバーファームはFocus Law Asia LLC)し、シンガポールを中心にアジア全般のクロスボーダー法務(クロスボーダーM&A、国際商事仲裁等の紛争解決、国際労働法等)のアドバイスを提供している。
2009年よりシンガポールに拠点を移し、2014年日本法弁護士としては初めてシンガポール司法試験(Foreign Practitioner Certificate)に合格、日本法・アメリカNY州法に加えて、シンガポール法のアドバイスも提供している。
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