【~連載~One Asia Lawyers Groupのシンガポール法律コラム】
-第18回- シンガポールの相続法(1)

みなさん、こんにちはOne Asia Lawyers Group (Focus Law Asia LLC)です。今号からシンガポールの相続法についてご説明いたします。
多くの人にとって、「相続」は身近な問題でありながら、日々接するような課題ではないため、普段から準備している人は少ないのではないでしょうか。しかし、近年世界のグローバル化に伴い、シンガポールなど海外で生活し、海外資産を築いている人や国際結婚等も増えてきました。
万が一の事態が発生した際、ご自身の資産や身近な人から相続する資産がどの国の法律に基づいて処理されるか、どのような準備が必要かについて知っておくことは重要です。
今回は、日本法と比較しながら、シンガポールの相続法に関して説明し、シンガポール在住の日本人が知っておくべき基本情報について解説いたします。
シンガポールの相続法の基本制度とは?
日本とは異なり、シンガポールでは被相続人(財産を相続させる人)の死亡後、相続財産は相続人(財産を相続する人)にそのまま承継されず、裁判所が任命した遺産管理人(「Administrator」)又は遺言執行者(「Executor」)が管理する責務を担うことになります。日本の場合は、そもそも裁判所の関与や遺産管理人・遺言執行者の関与が必須ではないことから大きく制度が異なります。
シンガポールにおいては、例えば、銀行は遺産管理人又は遺言執行人が任命されるまで被相続人の資産を解放せず、相続人は資産の名義変更もすることはできません(日本では、遺産管理人や遺言執行者がいなくても、所定の手続きをとれば銀行は資産を開放し、名義の変更が可能です)。シンガポールにおいては、このように遺産管理人または遺言執行者が、被相続人の財務に関し、資産の有無の確認、資産の集約、債務の清算、税金の支払い、及び遺言又は法定相続の規定に従って資産を分配することになるため、時間・費用などが掛かることになります。
相続に関するシンガポールの主要な法令は、①Intestate Succession Act 1967 (「無遺言相続法」)及び②Wills Act 1838(「遺言法」)です。
そして、①シンガポール法において遺言書がない場合、裁判所は無遺言相続法が適用され、遺産管理人を任命します。遺産管理人は規定された順番に従って遺産を分割する責務を担います。遺産管理人として任命されるためには、レターオブアドミニストレーション(Letters of administration)という手続きの申請を裁判所に提出する必要があります。
他方、②シンガポール法において有効な遺言書がある場合、遺言法が適用され、遺言書に基づき、遺言執行者が任命されます。遺言執行者は、遺言書の記載に従って遺産を分割する責務を担います。遺言執行者として選任されるためには、プロベート(Probate)という手続きの申請を提出する必要があります。
シンガポールにおいては、特に遺言がなかった場合におけるレターオブアドミニストレーションの手続きは非常に時間とコストがかかるため、家族などがなかなか現金などを引き出せず生活に支障をきたすことがあるため、シンガポールに資産がある場合は、シンガポール法において有効な遺言を作成することは非常に重要となります。
相続法上の居住地(Domicile)とは?
相続法上の居住地(Domicile)とは、ある人が恒久的に住む意思を持って居住している場所を意味し、単なる居住地とは違う概念となります。シンガポールにおける相続において、相続法上の居住の概念は相続法の適用に影響するため、重要な要素となります。
例えば、シンガポールに相続法上の居住地を持たない被相続人が、遺言書を残さずに死亡した場合、シンガポールにある不動産は、その被相続人の相続法の居住地にかかわらず、シンガポール法に従って分割されます。それに対して、シンガポールにあったとしても動産(現金、株式、個人所有物等)は、その被相続人の相続法上の居住地の法律(日本が相続法上の居住地の場合は日本の相続法)に基づき、相続人に分割されることになります。
一般的に、相続法上の居住地は、通常、被相続人の出生時における親の相続法の居住地に基づくことになりますが、相続法上の居住地は人生の過程(移住・国際結婚など)で変わる場合があり、主に以下の要素で決定されます。
・被相続人本人がその国に永住する意思、母国ではない国の永住権の取得の有無、居住状態(住居は購入か、賃貸か)、資産の所在地、税務上の居住地など
遺言書がない場合の分配方法とは?
シンガポールでは、被相続人が遺言を残さずに死亡した場合、遺言法に基づき、以下の順序にて資産の分配が決定されます。ただし、イスラム教徒の場合はシャリア法(イスラム相続法)が適用されるため、以下のルールは適用されません。下記の通り相続法上の分配は、おおむね日本法に類似しています。
・配偶者のみがいる場合(子供、両親なし)、配偶者が全額を相続する。 ・配偶者と子供がいる場合、配偶者が2分の1、子供が2分の1を相続する。子供が複数いる場合、子供間で均等にその2分の1を分ける ・子供のみがいる場合、子供が全額を全員で均等に分ける。 ・配偶者と両親がいる場合(子供なし)、配偶者が2分の1、両親が2分の1を相続する。 |
上記のとおり、遺言書がない場合の資産分配に関しては資産の相続人、そして相続額、及び資産を受け取る順序が規定されています。相続の分配方法や順序などについて希望がある場合は、遺言書を作成することが必要となります。なお、日本法とは異なり大きな違いの一つとしては、遺留分(法定相続人が遺言の有無にかかわらず最低限受け取ることが保証されている相続財産の割合)という概念がシンガポールはありません。この点からも、遺言書を作成しておくことが、シンガポールにおいては非常に重要となります。
次回は、シンガポール遺言書の作成方法、及び複数の国に資産を保有している場合の注意点について、ご説明いたします。
【執筆者】
One Asia Lawyers Group/Focus Law Asia LLC
シンガポール法・日本法・アメリカNY州法弁護士 栗田 哲郎
シンガポール弁護士 ゴー・アデリン
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One Asia Lawyers Group

One Asia Lawyers Groupは、アジア全域に展開する日本のクライアントにシームレスで包括的なリーガルアドバイスを提供するために設立された、独立した法律事務所のネットワークです。One Asia Lawyers Groupは、日本・ASEAN・南アジア・オセアニア各国にメンバーファームを有し、各国の法律のスペシャリストで構成され、これら各地域に根差したプラクティカルで、シームレスなリーガルサービスを提供しております。
One Asia Lawyersグループ拠点・メンバーファーム 24拠点(2023年8月時点) ・ASEAN(シンガポール、タイ、マレーシア、ベトナム、フィリピン、インドネシア、カンボジア、ラオス、ミャンマー) ・南アジア(インド、バングラデシュ、ネパール、パキスタン) ・オセアニア(オーストラリア、ニュージーランド) ・日本国内(東京、大阪、福岡、京都) ・中東(アラブ首長国連邦(UAE/ドバイ・アブダビ・アジュマン)) ・その他(ロンドン、深圳(駐在員事務所)) ・メンバー数(2023年8月時点) 全拠点:約400名(内日本法弁護士約40名) |
栗田哲郎 Tetsuo Kurita
One Asia Lawyers Group / 弁護士法人 One Asia 代表弁護士(シンガポール法(FPE)・日本法・アメリカNY法) tetsuo.kurita@oneasia.legal |
2004年より日本の大手法律事務所(森・濱田松本法律事務所)に勤務後、スイス・アメリカへの留学を経て、シンガポールの大手法律事務所(Rajah & Tann)にパートナー弁護士として勤務。その後、国際法律事務所(ベーカーマッケンジー法律事務所)においてアジアフォーカスチームのヘッドを務め、日本企業のアジア進出・M&A・紛争解決に従事する。
その後、2016年7月One Asia Lawyers Groupを創設(シンガポールのメンバーファームはFocus Law Asia LLC)し、シンガポールを中心にアジア全般のクロスボーダー法務(クロスボーダーM&A、国際商事仲裁等の紛争解決、国際労働法等)のアドバイスを提供している。
2009年よりシンガポールに拠点を移し、2014年日本法弁護士としては初めてシンガポール司法試験(Foreign Practitioner Certificate)に合格、日本法・アメリカNY州法に加えて、シンガポール法のアドバイスも提供している。
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