【~連載~One Asia Lawyers Groupのシンガポール法律コラム】
-第14回-コーポレート・サービス・プロバイダー法の制定とその内容について(2)
みなさん、こんにちは、One Asia Lawyers Group(Focus Law Asia LLC)です。前回ご紹介したシンガポールの新しい法案、「コーポーレート・サービス・プロバイダー法(Corporate Service Providers Act 2024)」(CSP法)について、今回は、(2)ノミニー取締役(Nominee Director)の規制強化という観点からご紹介いたします。
そもそもノミニー取締役とは、一般的に、独自の判断をせず、慣行なり法的義務によって第三者からの指示や希望の通りに行動する取締役を指します。日本ではこのような制度は一般的には存しない制度で、シンガポールではCSP法やCLLP法、会社法(Companies Act 1967)に定められています。その定義規定を直訳すると、「取締役であって、公式又は非公式に、他の任意の者からの指示、指導又は希望に従って行動する慣行又は義務に服する者」(CSPA Part1-2(1)(e) )と定められています。
新法では、このノミニー取締役について3点重要な変更がありました。
第一に、ノミニー取締役となるには、(i) 登録済みのCSP事業者が、(ii) 適格と判断される人を取締役として指名することという要件が求められるようになりました。これは、従来から問題視されてきたノミニー取締役制度を悪用したマネーロンダリング等を防ぐ趣旨のものです。CSP事業者が不適格な人物をノミニー取締役として斡旋することで、会社の違法な実態を隠すシェルカンパニーの形成が可能だったところ、新法では上記の条件を設け、(i) に違反して適切な指名なく取締役となった人には最大1万ドル、(ii) に違反して不適格な人を指名したCSPには最大10万ドルの罰金がそれぞれ科せられることとしました。
次に、ノミニー取締役の情報の会計企業規制庁(ACRA)への開示とACRAによる情報の保存が義務となり、さらにその開示情報の一部が一般にも公開されることとなったことです。従来はACRAへの開示は要求に応じて行えばよく、またその情報が一般に公開されることは基本的にありませんでした。今回の改正によって、ノミニー取締役の情報をACRAに開示・保存させることによって、ノミニー取締役への責任追及を行いやすくすることで、マネーロンダリング等の発生を防ぐことを目指しています。
最後に、ノミニー取締役の登録を怠った場合の罰金が5千ドルから2万5千ドルへと大幅に引き上げられました。
前回記事の冒頭でマネーロンダリング等の例を挙げたときにあるように、ノミニー取締役はマネーロンダリングの手段として利用される可能性がありました。そのため、新法によってより一層監視を強化し、適切な制度利用を図ったものです。以上のように、会社の取締役がノミニー取締役に該当する場合は登録が必要であり、登録しなければ罰金が科されるため注意が必要です。
この点、皆さまのご懸念としては、「一体どういう取締役がノミニー取締役なのか?」というご懸念を抱かれることと存じます。その判断については上述の定義に照らして解釈することとなるのですが、下記のように設例に沿ってより具体的にご説明いたします。
<設例>
株式会社Mは、有限会社Pの全株式を保有しており、Pは有限会社Sの全株式を保有している。すなわち、M、P、Sは親会社、完全子会社、完全孫会社の関係にある。この場合、新法CSP、CLLPA下において、PとSの各取締役をノミニー取締役」として登録する必要があるか。
<回答>
P、SがMから指示を受けて会社を運営している場合、各社取締役はノミニー取締役に該当し、登録が必要となる可能性がある。
逆に、両社がMから独立に会社を運営している場合、各取締役はノミニー取締役に該当せず、登録は不要である可能性が高い。その場合、MAP、MSLの取締役の委任契約書などにおいて、M、S社が独立の判断権限を有していること(親会社の指示に従う義務を負っていないこと)を明記しておくことが推奨される。
すなわち、「他の任意の者からの指示、指導又は希望に従って行動する慣行又は義務」という部分をはっきりと否定できればできるほど、ノミニー取締役と判断される恐れは低くなります。
なお、上記設例と類似・同一の事例であっても、実際のケースにおいては、個別事情に照らして本規範の要件を満たしているかどうか慎重に確認する必要があります。また、委任契約書等のドラフティングにつきましても、個別事情に照らして文言を判断する必要があるため、専門家などに相談の上、適切に対応する必要があります。
筆者:栗田哲郎(シンガポール法(Foreign Practitioner Examinations)・日本法・アメリカNY州法弁護士)
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One Asia Lawyers Group
One Asia Lawyers Groupは、アジア全域に展開する日本のクライアントにシームレスで包括的なリーガルアドバイスを提供するために設立された、独立した法律事務所のネットワークです。One Asia Lawyers Groupは、日本・ASEAN・南アジア・オセアニア各国にメンバーファームを有し、各国の法律のスペシャリストで構成され、これら各地域に根差したプラクティカルで、シームレスなリーガルサービスを提供しております。
One Asia Lawyersグループ拠点・メンバーファーム 24拠点(2023年8月時点) ・ASEAN(シンガポール、タイ、マレーシア、ベトナム、フィリピン、インドネシア、カンボジア、ラオス、ミャンマー) ・南アジア(インド、バングラデシュ、ネパール、パキスタン) ・オセアニア(オーストラリア、ニュージーランド) ・日本国内(東京、大阪、福岡、京都) ・中東(アラブ首長国連邦(UAE/ドバイ・アブダビ・アジュマン)) ・その他(ロンドン、深圳(駐在員事務所)) ・メンバー数(2023年8月時点) 全拠点:約400名(内日本法弁護士約40名) |
栗田哲郎 Tetsuo Kurita
One Asia Lawyers Group / 弁護士法人 One Asia 代表弁護士(シンガポール法(FPE)・日本法・アメリカNY法) tetsuo.kurita@oneasia.legal |
2004年より日本の大手法律事務所(森・濱田松本法律事務所)に勤務後、スイス・アメリカへの留学を経て、シンガポールの大手法律事務所(Rajah & Tann)にパートナー弁護士として勤務。その後、国際法律事務所(ベーカーマッケンジー法律事務所)においてアジアフォーカスチームのヘッドを務め、日本企業のアジア進出・M&A・紛争解決に従事する。
その後、2016年7月One Asia Lawyers Groupを創設(シンガポールのメンバーファームはFocus Law Asia LLC)し、シンガポールを中心にアジア全般のクロスボーダー法務(クロスボーダーM&A、国際商事仲裁等の紛争解決、国際労働法等)のアドバイスを提供している。
2009年よりシンガポールに拠点を移し、2014年日本法弁護士としては初めてシンガポール司法試験(Foreign Practitioner Certificate)に合格、日本法・アメリカNY州法に加えて、シンガポール法のアドバイスも提供している。
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