【~連載~One Asia Lawyers Groupのシンガポール法律コラム】
-第21回- シンガポールにおける贈収賄規制の概要と実務上の留意点

こんにちは。One Asia Lawyers Group(Focus Law Asia LLC)です。今回は、シンガポールにおける贈収賄規制の概要、適用の実例、そして企業に求められる対応策についてご説明いたします。
1.シンガポールにおける贈収賄の法的枠組み
シンガポールでは、刑法(Penal Code)や汚職防止法(Prevention of Corruption Act)によって、贈収賄行為が規制されています。
シンガポールでは贈収賄に対する取締りが非常に厳格です。特に民間企業間の贈収賄も汚職防止法により処罰対象となるため、日本と異なり「民民間なら大丈夫」という発想は通用しません。
また、規制対象となる“謝礼”(Gratification)について、資産の増加、雇用や契約の獲得、負債の減少、不利益処分の減免などいかなる有利な役務の提供をも含むと規定されており、広く規制対象となりますので、最新の注意が必要です。また、シンガポール国外の行為であっても、シンガポール人・PR・企業が関与していれば摘発対象となる可能性があります。
万が一、汚職防止法違反をおこなった場合、5年(公務員の場合は7年)以下の懲役、10万SGD以下の罰金、またはその併科が科されます。違反行為を行なった個人が、会社を代表して行為を行っていた場合、従業員が犯した犯罪につき、会社が責任を負う場合もあります。
2.シンガポールにおける贈収賄事例
シンガポールでは、贈収賄に対する規制が極めて厳格に運用されており、民間企業の役職員や高官に対しても、違反があれば起訴・処罰が行われます。以下の最近の事例はその象徴です。
(1)Keppel Offshore & Marine事件(2017年)
2017年12月、シンガポールの大手海洋エンジニアリング企業であるKeppel Offshore & Marine(Keppel O&M)は、ブラジルでの贈賄スキームに関与したとして、米国、ブラジル、シンガポールの当局から総額4億2,200万USDの制裁金を科されました。
Keppel O&Mの子会社は、ブラジルの国営石油会社Petrobrasの役員や政治家に対して、約5,500万USDの賄賂を支払い、契約を不正に獲得していたことが明らかとなりました。この事件は、シンガポール企業による海外での贈賄行為に対しても厳格な責任が問われうることを示すとともに、複数国による協調的な国際執行の重要な先例とされています。
この事件では、複数年にわたり、体系的かつ継続的に贈賄が行われていたことが明らかとなりました。企業がこのようなリスクに対応するには、形式的な規程整備にとどまらず、実効性のあるコンプライアンスプログラムと経営陣の強い関与が不可欠です。
(2)元運輸大臣S・イスワラン氏の事件(2024年)
イスワラン氏は、F1チケットや高級ホテル宿泊など総額40万SGD超の不正利益を受領したとして起訴され、有罪判決(禁錮12か月)を受けました。
注目すべきは、判事が検察側の求刑6~7か月を上回る12か月の禁錮刑を言い渡したことです。これは、裁判所がこの事件を極めて重大に捉え、シンガポールの公共部門の誠実性を維持するために、強いメッセージを発する必要があると判断したことを示しています。閣僚経験者に対する実刑判決は極めて異例であり、シンガポール当局の姿勢の厳格さが注目されました。
3.シンガポール汚職調査局(CPIB)の4要素と企業に求められる体制
シンガポール汚職調査局であるCorrupt Practices Investigation Bureau (CPIB)は「PACT: A Practical Anti-Corruption Guide for Businesses in Singapore」において、贈収賄防止のための以下の4つのガイド(PACT: PLEDGE(誓約)、ASSESS(評価)、CONTROL & COMMUNICATE(統制と伝達)、TRACK(追跡調査))を公表しております。
1.PLEDGE: 企業上層部による徹底した汚職対策に務めるべきであり、反汚職に関するポリシーや会社の行動規範の作成、従業員への周知徹底が推奨されます。 2.ASSESS: 従業員個人の利益と会社の利益が相反する場合の申告義務を設定する等、企業内での定期的なリスク評価が推奨されます。 3.CONTROL & COMMUNICATE: 正確な帳簿や会計記録を作成し、社内外の定期的な監査、内部通告制度の策定が推奨されます。 4.TRACK: (主に会社の組織再編や業務拡大のタイミングで)社内の汚職対策が十分か否かについての調査が推奨されます。 |
企業がこれらのガイドに基づいた体制を整備することで、万が一贈収賄事件が発生した場合でも、組織としての責任を軽減・回避できる可能性があります。以上を踏まえ、対応策や留意点を下記のように挙げることができます。
・反汚職に関するポリシーや会社の行動規範の作成(贈答品や接待の社内ルール化):一定金額以上の贈答は事前承認制とする、あるいはすべての贈答は禁止するなど、具体的な運用基準を定めましょう。 ・第三者の関与に注意:コンサルタント等を通じた贈賄も違法行為として摘発対象となります。 ・内部通報制度の整備と教育:通報者の匿名性と保護を確保し、通報制度を実効性あるものとする必要があります。 |
4. 国境を越えた贈収賄規制の適用と企業の注意点
シンガポールにおける贈収賄規制は、国内法としての適用にとどまらず、国外で行われた贈収賄行為にも一定の条件のもとで適用され得ます。
たとえば、シンガポール国民またはシンガポールで登記された法人が国外で贈収賄を行った場合、汚職防止法はこれを処罰の対象とします。さらに、日本の不正競争防止法、米国の海外腐敗行為防止法(Foreign Corrupt Practices Act)など他国法令との連携による国際的な捜査・摘発が行われることもあります。
Keppel事件はまさにその典型であり、米国・ブラジル・シンガポールの3か国が共同で捜査・処分を行った例として、企業の国際的責任の重さを示しています。
5. 最後に:まとめと企業に求められる実務対応
今回は、贈収賄規制についてまとめました。シンガポールでは、贈収賄規制の執行が厳格であり、企業活動のあらゆる場面で法令遵守が求められます。企業としては、社内教育と内部統制体制の徹底により、贈収賄リスクを未然に防止することが最も効果的な対策です。万一、不正の疑いがある場合には、早期に法務部門や外部専門家へ相談することが重要です。
次回は、国際仲裁についてご説明いたします。
【執筆者】
One Asia Lawyers Group/Focus Law Asia LLC
シンガポール法・日本法・アメリカNY州法弁護士 栗田 哲郎
日本法弁護士 鴫原 洋平
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One Asia Lawyers Group

One Asia Lawyers Groupは、アジア全域に展開する日本のクライアントにシームレスで包括的なリーガルアドバイスを提供するために設立された、独立した法律事務所のネットワークです。One Asia Lawyers Groupは、日本・ASEAN・南アジア・オセアニア各国にメンバーファームを有し、各国の法律のスペシャリストで構成され、これら各地域に根差したプラクティカルで、シームレスなリーガルサービスを提供しております。
One Asia Lawyersグループ拠点・メンバーファーム 24拠点(2023年8月時点) ・ASEAN(シンガポール、タイ、マレーシア、ベトナム、フィリピン、インドネシア、カンボジア、ラオス、ミャンマー) ・南アジア(インド、バングラデシュ、ネパール、パキスタン) ・オセアニア(オーストラリア、ニュージーランド) ・日本国内(東京、大阪、福岡、京都) ・中東(アラブ首長国連邦(UAE/ドバイ・アブダビ・アジュマン)) ・その他(ロンドン、深圳(駐在員事務所)) ・メンバー数(2023年8月時点) 全拠点:約400名(内日本法弁護士約40名) |
栗田哲郎 Tetsuo Kurita
One Asia Lawyers Group / 弁護士法人 One Asia 代表弁護士(シンガポール法(FPE)・日本法・アメリカNY法) tetsuo.kurita@oneasia.legal |
2004年より日本の大手法律事務所(森・濱田松本法律事務所)に勤務後、スイス・アメリカへの留学を経て、シンガポールの大手法律事務所(Rajah & Tann)にパートナー弁護士として勤務。その後、国際法律事務所(ベーカーマッケンジー法律事務所)においてアジアフォーカスチームのヘッドを務め、日本企業のアジア進出・M&A・紛争解決に従事する。
その後、2016年7月One Asia Lawyers Groupを創設(シンガポールのメンバーファームはFocus Law Asia LLC)し、シンガポールを中心にアジア全般のクロスボーダー法務(クロスボーダーM&A、国際商事仲裁等の紛争解決、国際労働法等)のアドバイスを提供している。
2009年よりシンガポールに拠点を移し、2014年日本法弁護士としては初めてシンガポール司法試験(Foreign Practitioner Certificate)に合格、日本法・アメリカNY州法に加えて、シンガポール法のアドバイスも提供している。
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