【～連載～川端 隆史のアジア新機軸】-第97回- マレーシア×政治　再びの政権交代へ、アンワール元副首相が四半世紀を経て新首相就任

元外交官 × エコノミスト 川端 隆史のアジア新機軸

11月24日、マレーシアの第10第首相にアンワール・イブラヒム氏が就任した。アンワール氏は副首相だった1998年、マハティール首相（当時）との政争に敗れ、当時の与党統一マレー国民組織（UMNO）を割って、多民族主義政党として新党国民正義党（KeADILan）を設立した。KeADILanは現在の人民正義党（PKR）である。

今回の選挙は、3つの政党連合を中心に争われたが政党連合も過半数を取れず、また、政党連合同士の連携も未確定部分があったことから、選挙が終わってもすぐに次期首相が決まらず、各政党間の協議は難航し、最終的には国王も関わった。

11月19日に実施されたマレーシア総選挙は、アンワール氏が率いるPKRに加えて、華人系とインド系が中心の民主行動党（DAP）、信託党（Amanah、イスラム党から分裂）など5政党で構成される希望連合（PH）が第一政党連合となった。ただし、議席数は改選前の90議席から8議席減らして82議席との結果となった。

事態を難しくしたのは、国民同盟（PN）の躍進と国民戦線（BN）の惨敗だ。今回のPNは、ムヒディン元首相が率いる統一プリブミ党（PPBM）は28議席から24議席へと減らしたものの、老舗政党のイスラム党（PAS）と17議席から49議席へと大躍進して存在感を高めたPASは全政党を通じて、政党単位でみれば第一党となった。

選挙終了時には、PNも他政党との組み方によっては、政権を獲得する可能性もあったため、PASから首相が出ていた可能性もあった。

一方で、BNは、歴代首相を輩出してきたUMNOを中心とした連合であり、改選前の42議席から30議席となり、PHとPNに大きく差を付けられた3番手に沈んだ。（なお、先般のコラムでは、UMNO所属のラザレ−元財務相がUMNOに所属しつつも協力しない立場をとっていたため、改選前のBNは41議席とした。今回はラザレーをUMNO所属として政党名で再計算。）

難航した首相選出協議を打開したのが国王の存在である。カギを握るBN議員とひとりひとり面談し、最終的にBNはPH支持に周り、東マレーシアのサラワク政党連合（GPS、23議席）、サバ国民連合（GRS、6議席）、その他の少数政党も参加する形での連立体制が決定し、アンワール氏を首相に推すということで決着した。

これにより、アンワール氏は1998年から、投獄経験も含めて、実に四半世紀の時を経て念願の首相に就任するに至った。アンワール氏は、かつてマレーシアの「改革（レフォルマシ）」を主張して新党を設立した。11月29日時点、まだ新内閣の体制は発表されていない。アンワール政権の下で、マレーシアはどこに向かうのか。隣国のシンガポールは高い関心を持って見守っている。

マレーシア総選挙結果後の各連合政党勢力

 

＊2022年11月30日脱稿

プロフィール

川端 隆史　かわばたたかし

クロールアソシエイツ・シンガポール　シニアバイスプレジデント

外交官×エコノミストの経験を活かし、現地・現場主義にこだわった情報発信が特徴。主な研究テーマは東南アジアや新興国を軸としたマクロ政治経済、財閥ビジネスのグローバル化、医療・ヘルスケア・ビューティー産業、スタートアップエコシステム、ソーシャルメディア事情、危機管理など。

1999年に東京外国語大学東南アジア課程を卒業後、外務省で在マレーシア日本国大使館や国際情報統括官組織等に勤務し、東南アジア情勢の分析を中心に外交実務を担当。2010年、SMBC日興証券に転じ、金融経済調査部ASEAN担当シニアエコノミストとして国内外の機関投資家、事業会社への情報提供に従事。

2015年、ユーザベースグループのNewsPicks編集部に参画し、2016年からユーザベースのシンガポール拠点に出向、チーフアジアエコノミスト。2020年12月より現職。共著書に「東南アジア文化事典」（2019年、丸善出版）、「ポスト・マハティール時代のマレーシア－政治と経済はどうかわったか」（2018年、アジア経済研究所）、「東南アジアのイスラーム」（2012年、東京外国語大学出版会）、「マハティール政権下のマレーシア－イスラーム先進国を目指した22年」（2006年、アジア経済研究所）。

東京外国語大学アジアアフリカ言語文化研究所共同研究員、同志社大学委嘱研究員を兼務。栃木県足利市出身。