【~連載~川端 隆史のアジア新機軸】
第203回[マレーシア×資本市場]アンワル首相、野心的な資本市場マスタープランを発表、証券市場活性化に取り組む姿勢

元外交官 × エコノミスト 川端 隆史のアジア新機軸
2026年3月26日、マレーシアのアンワル・イブラヒム首相兼財務相が発表した「資本市場マスタープラン 2026-2030(CMP)」は、経済構造の変革を目指すものだ。このプランは、アンワル政権が掲げる「マダニ経済(MADANI Economy)」における「天井を上げる(経済成長)」と「床を上げる(国民生活の向上)」を達成するための支柱となる。
証券委員会(SC)が策定したこの計画は、2045年までの長期展望に基づき、最初の5年間で「構造的な突破口」を開くことを目指すものだ。なお、マダニとは持続可能性、平穏、創造性、敬意、信頼、思い遣りを意味するマレー語を組み合わせたものだ。
CMPが掲げる目標は野心的だ。2025年末時点で約4.3兆リンギ(約140兆円)とされる市場規模を、2030年までに5.8兆〜6.3兆リンギへと拡大させる計画だ。これは年平均成長率(CAGR)にして6〜8%という、GDP成長率を上回る拡大を目指す計算となる。
この成長は単なる企業数の増加では支えきれない。企業のバリュエーション(評価額)を最適化する必要がある。マレーシア証券取引所(Bursa Malaysia)には1,100社を超える企業が上場しているが、多くの中小型株で流動性や評価の低迷が課題となってきた。これを打破するために導入されるのが「MY Value Up」プログラムである。
特筆すべきは、P/B(株価純資産倍率)1倍割れの改善などを促す「プレミアム指数」の創設だ。これは日本の東京証券取引所の改革を参考にしたもの。
優良企業への認知向上を図る一方で、活動が停滞している企業には「秩序ある退出」を促すという、飴と鞭を使い分けた施策である。取締役会の説明責任も強化され、年度ごとのKPIスコア公開が事実上義務化されるなど、透明性は極限まで高められる。
そして、独自性という意味ではイスラム金融だ。マレーシアは世界最大のスクーク(イスラム債)市場である。次のステップとして「Maqasid al-Shariah(シャリアの目的)」に基づく価値創造へ舵を切った。
2026年に設立された「FIKRALab」は、単に宗教的に許容されるか(ハラル)だけでなく、その金融商品がいかに人間の幸福や社会の持続可能性に寄与するかを評価・開発するプラットフォームとなる。この「目的主導」のアプローチは、欧米のESG投資とも高度に調和し、世界の倫理的投資家を惹きつける強力な差別化要因となるだろう。
CMPは、一部の富裕層だけでなく、広く一般国民に還元されることも視野に入っている。少額から投資可能なETF(上場投資信託)の拡充や、AIを活用したロボアドバイザーによる投資機会の提供が進められている。
また、深刻な社会課題である退職金不足に対し、私的年金制度(PRS)の柔軟性を高め、長期的な資産形成をサポートする仕組みも構築される。
今後、CMPを通じた施策と実現は、高所得国入りまでカウントダウンとなったマレーシア経済が、新たな飛躍をするためには必須であろう。

(写真: Wikimedia Commons/首相官邸ホームページ)
*2026年3月31日脱稿
プロフィール
川端 隆史 かわばたたかし
Kroll日本支社
シニア・バイス・プレジデント
外交官×エコノミストの経験を活かし、現地・現場主義にこだわった情報発信が特徴。アジア新興国の政治経済、地政学、サイバーセキュリティ、アジア財閥、イスラム経済、スタートアップなどが主な関心事。
1999年に東京外国語大学東南アジア課程を卒業後、外務省で在マレーシア日本国大使館や国際情報統括官組織等に勤務し、東南アジア情勢の分析を中心に外交実務を担当。2010年、SMBC日興証券に転じ、金融経済調査部ASEAN担当シニアエコノミストとして国内外の機関投資家、事業会社への情報提供に従事。
2015年、ユーザベースグループのNewsPicks編集部に参画し、2016年からユーザベースのシンガポール拠点に出向、チーフアジアエコノミスト。2020年から2023年まで米国リスクコンサルティングファームのシンガポール支社Kroll Associates (S) Pte Ltdで地政学リスク評価、非財務・法務のビジネスデューデリジェンスを手がけた。
2023年にEYストラテジー・アンド・コンサルティングのインテリジェンスユニット・シニアマネージャーとしてビジネスインテリジェンスの強化を手がけた後、2024年4月よりスタートアップのジョーシス株式会社でジョーシスサイバー地経学研究所を立ち上げ、地経学とサイバー空間をテーマに情報発信。2025年11月よりKrollに復帰し、アジア新興国を中心とした企業インテリジェンス活動に従事。
共著書に「マレーシアを知るための58章」(2023年、明石書店)「東南アジア文化事典」(2019年、丸善出版)、「ポスト・マハティール時代のマレーシア−政治と経済はどうかわったか」(2018年、アジア経済研究所)、「東南アジアのイスラーム」(2012年、東京外国語大学出版会)、「マハティール政権下のマレーシア−イスラーム先進国を目指した22年」(2006年、アジア経済研究所)。
栃木県足利市出身。NewsPicksプロピッカー、LinkedInトップボイス。
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