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第202回[中東×シンガポール]イラン戦火とシンガポールの「静かなる有事」―新機軸の視点から

【~連載~川端 隆史のアジア新機軸】
第202回[中東×シンガポール]イラン戦火とシンガポールの「静かなる有事」―新機軸の視点から

元外交官 × エコノミスト 川端 隆史のアジア新機軸

3月12日のコラムでは、イラン情勢に対するシンガポール政府の初期的な対応について、特に国内の経済対策について解説した。その後も様々な動きがあったので、外交面を中心に都市国家シンガポールの独特の方針から、ビジネスパーソンが学ぶべき点について考えたい。

2026年2月28日、米国とイスラエルによるイランへの電撃的な軍事行動は、中東の地図のみならず、世界経済に大きなインパクトを与えつつある。3月に入り、イランによる周辺諸国への報復攻撃が現実のものとなると、シンガポール政府は迅速かつきめ細やかに動いている。

シンガポール外務省(MFA)は3月1日、イラン・イスラエルを含む中東15か国への渡航延期勧告を発出した。特筆すべきは、外交官が常駐しないイランからの自国民を救出し、周辺国へ空軍機を派遣した点だ。この「国民を守る」という冷徹なまでの実務能力と実行スピードは、ある意味で「期待通り」の行動だ。

ここでビジネスパーソンが真に注視すべきは、国民保護の先にある「経済的防衛」の論理だ。ローレンス・ウォン首相は3月18日の訪日時の会見で、ホルムズ海峡封鎖によるグローバル ショックに強い懸念を示した。その言及範囲は原油やガスに留まらず、肥料や精密機器に不可欠な希ガスといった、現代のサプライチェーンの急所にまで及んでいる。

この中東の緊張は「対岸の火事」では済まされない。一歩間違えれば、瞬時に国が機能不全に陥りかねないリスクだ。また、これは中東だけを見ていては補足しきれないリスクもある。例えば、インドはエネルギー問題のリスクが上昇しており、国民生活への影響は現れ始めている。今後、政治や社会問題への波及のリスクもある。

存在感を高めるインドが揺らげば、シンガポールのアジア戦略にも影響を与える。実際に、ビビアン・バラクリシュナン外相は3月23日に報じられたロイター通信のインタビューで、「アジア経済を危機に陥れる可能性がある」とアジアを俯瞰的に捉えて警告を発した。

こうした状況下で、我々ビジネスパーソンは何を学んでいくべきか。シンガポール政府は、ASEAN全体の結束を強調しつつも、国際法遵守という原則論を盾に「戦略的余白」を確保しようと腐心しているようにみえる。イランは危機的な状況におかれながらも、原油とホルムズ海峡という戦略的武器を活用して、各国との関係をしたたかかつ冷静に考えて対応を決めている。特定陣営に属するとみられると、ゼロサムの結論に陥りやすい。

シンガポール政府は、ルールの遵守を訴えつつも、特定陣営に肩入れしないという、不確実な時代におけるリスク管理を実践しつつある。

これを実践するにはインテリジェンスの力に他ならない。今、ビジネスパーソンに求められているのは「情報の点」を「地政学の線」で結ぶインテリジェンスなのだ。原材料費の変動やサイバーセキュリティの再点検、さらには中東を経由しない代替航路の検討など、シンガポールが示す「最悪を想定した実務」や「危機への向かい方」を、我々の事業戦略にも取り込むことができるだろう。

訪日したローレンス・ウォン首相はイラン情勢を受けてホルムズ海峡閉鎖のリスクに言及し、グローバル経済へのショックに対する懸念を示した(写真:首相官邸)

*2026年3月25日脱稿

プロフィール

川端 隆史 かわばたたかし

Kroll日本支社
シニア・バイス・プレジデント

外交官×エコノミストの経験を活かし、現地・現場主義にこだわった情報発信が特徴。アジア新興国の政治経済、地政学、サイバーセキュリティ、アジア財閥、イスラム経済、スタートアップなどが主な関心事。

1999年に東京外国語大学東南アジア課程を卒業後、外務省で在マレーシア日本国大使館や国際情報統括官組織等に勤務し、東南アジア情勢の分析を中心に外交実務を担当。2010年、SMBC日興証券に転じ、金融経済調査部ASEAN担当シニアエコノミストとして国内外の機関投資家、事業会社への情報提供に従事。

2015年、ユーザベースグループのNewsPicks編集部に参画し、2016年からユーザベースのシンガポール拠点に出向、チーフアジアエコノミスト。2020年から2023年まで米国リスクコンサルティングファームのシンガポール支社Kroll Associates (S) Pte Ltdで地政学リスク評価、非財務・法務のビジネスデューデリジェンスを手がけた。

2023年にEYストラテジー・アンド・コンサルティングのインテリジェンスユニット・シニアマネージャーとしてビジネスインテリジェンスの強化を手がけた後、2024年4月よりスタートアップのジョーシス株式会社でジョーシスサイバー地経学研究所を立ち上げ、地経学とサイバー空間をテーマに情報発信。2025年11月よりKrollに復帰し、アジア新興国を中心とした企業インテリジェンス活動に従事。

共著書に「マレーシアを知るための58章」(2023年、明石書店)「東南アジア文化事典」(2019年、丸善出版)、「ポスト・マハティール時代のマレーシア−政治と経済はどうかわったか」(2018年、アジア経済研究所)、「東南アジアのイスラーム」(2012年、東京外国語大学出版会)、「マハティール政権下のマレーシア−イスラーム先進国を目指した22年」(2006年、アジア経済研究所)。

栃木県足利市出身。NewsPicksプロピッカー、LinkedInトップボイス。
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