【~連載~川端 隆史のアジア新機軸】
第193回[インド×IT]マイクロソフトが3年間で約2.7兆円をAI、データセンター、クラウド等に投資。新しい局面に入るインドのIT産業の進化

インド・モディ首相と会談したマイクロソフトのサティア・ナデラCEO
(写真:2025年12月9日付マイクロソフト社プレスリリース)
元外交官 × エコノミスト 川端 隆史のアジア新機軸
マイクロソフトのサティア・ナデラCEOは12月9日、2026年から2029年にかけてインドへ175億ドル規模、日本円で約2兆7千億円の投資をすると発表した。日本政府の令和6年度当初予算における科学技術振興費が約1兆4千億円、デジタル庁予算が約5,000億円弱であることを踏まえると、いち企業による投資規模がいかに破格なものかが分かる。
マイクロソフトは、本計画を「アジアにおける過去最大の投資」として位置づけ、クラウドおよび人工知能(AI)インフラの整備、データセンター拡充、そして人材育成を目的としている。この動きは、「低コスト拠点としてのインド」から、「グローバルAI拠点およびデジタル基盤としてのインド」への評価転換を意味すると言えよう。
新設されるデータセンターは、インド南中部ハイデラバードのクラウド「South Central cloud region」で、2026年中ばの稼働を予定。3つの可用性ゾーンを備え、スポーツスタジアム2つ分に匹敵する規模という。既存のチェンナイ、ハイデラバード、プネーの各施設も拡張される。こうしたインフラ整備は、低遅延かつ高信頼性のクラウドとAIサービス提供を可能にし、インド国内の企業やスタートアップ、政府機関にとっての利用可能性を広げることになる。
加えて、マイクロソフトはインドにおけるAI人材育成にも本腰を入れており、2030年までに2,000万人にAIスキルを提供することを目標とした。1月に発表された目標を倍増させ、その本気度を見せた。単なる技術インフラ投資にとどまらず、「AI対応力を持つ人材」という“ソフトウェア資本”を育成するという、中長期の産業基盤づくりを狙ったものだ。
この投資の動きからは、インドが単なる新興市場ではなく、「成長と拡張の余地」を持つ新たな拠点としてグローバル企業の眼に映っていることが読み取れる。
他方、リスクも伴う。まず、インド国内の地域間のインフラ格差や電力・通信の不安定性、法制度やデータ保護の整備状況といった固有の懸念は無視できない。特に、AIやクラウドサービスを扱う上で「どこで、どのようなデータを扱うか」は重要な問いであり、インド国内での「セキュアかつ信頼性ある運用」には慎重な対応が必要となるだろう。
また、大手グローバル企業によるインド市場への参入が進めば、本来インド発の中小企業やスタートアップが持つ独自性や地場の強みが、競争激化の中で埋没してしまうリスクもある。単なる“インフラ供給者”という役割以上に、インド全体のイノベーション・エコシステムがどう変化するか。それを見極めるのは、これからだ。
日本企業にとっても、マイクロソフトの大規模投資の動きは重要な示唆を含む。インドはもはや「安価な労働力の供給地」ではなく、「AIやクラウドを軸とした新しい開発拠点」「成長市場」「グローバルな技術イノベーションのひとつのハブ」として再定義されつつある。もし日本企業がインド国内のインフラとスキル基盤を活用し、現地スタートアップや企業と協業すれば、コストと成長性を両立する第三極として大きなポテンシャルがある。
*2025年12月10日脱稿
プロフィール
川端 隆史 かわばたたかし
Kroll日本支社
シニア・バイス・プレジデント
外交官×エコノミストの経験を活かし、現地・現場主義にこだわった情報発信が特徴。アジア新興国の政治経済、地政学、サイバーセキュリティ、アジア財閥、イスラム経済、スタートアップなどが主な関心事。
1999年に東京外国語大学東南アジア課程を卒業後、外務省で在マレーシア日本国大使館や国際情報統括官組織等に勤務し、東南アジア情勢の分析を中心に外交実務を担当。2010年、SMBC日興証券に転じ、金融経済調査部ASEAN担当シニアエコノミストとして国内外の機関投資家、事業会社への情報提供に従事。
2015年、ユーザベースグループのNewsPicks編集部に参画し、2016年からユーザベースのシンガポール拠点に出向、チーフアジアエコノミスト。2020年から2023年まで米国リスクコンサルティングファームのシンガポール支社Kroll Associates (S) Pte Ltdで地政学リスク評価、非財務・法務のビジネスデューデリジェンスを手がけた。
2023年にEYストラテジー・アンド・コンサルティングのインテリジェンスユニット・シニアマネージャーとしてビジネスインテリジェンスの強化を手がけた後、2024年4月よりスタートアップのジョーシス株式会社でジョーシスサイバー地経学研究所を立ち上げ、地経学とサイバー空間をテーマに情報発信。2025年11月よりKrollに復帰し、アジア新興国を中心とした企業インテリジェンス活動に従事。
共著書に「マレーシアを知るための58章」(2023年、明石書店)「東南アジア文化事典」(2019年、丸善出版)、「ポスト・マハティール時代のマレーシア−政治と経済はどうかわったか」(2018年、アジア経済研究所)、「東南アジアのイスラーム」(2012年、東京外国語大学出版会)、「マハティール政権下のマレーシア−イスラーム先進国を目指した22年」(2006年、アジア経済研究所)。
栃木県足利市出身。NewsPicksプロピッカー、LinkedInトップボイス。
SNSリンクはこちら