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第187回[タイ×政治]三極体制で複雑な駆け引きが続く政治。年明けに迎える総選挙に注目。

【~連載~川端 隆史のアジア新機軸】
第187回[タイ×政治]三極体制で複雑な駆け引きが続く政治。年明けに迎える総選挙に注目。

元外交官 × エコノミスト 川端 隆史のアジア新機軸

2025年9月24日、実業家のアヌティン氏を首班とする新政権がタイで発足した。ペートンタン前首相が憲法裁判所の判断により失職した後、アヌティン首相が党首のタイの誇り党を中核とする少数与党で暫定的に体制が組まれた。ただ、4か月以内の下院解散との合意があるため、「つなぎ」だ。

最近のタイの政局で筆者が注目しているのは、最大野党の改革派の国民党である。国民党は、新未来党、前進党の流れを汲む後継政党だ。新未来党は初参加した2019年の総選挙で第三党へと大躍進、前進党は2023年の総選挙で151議席を獲得して第一党となった。

しかし、軍・司法・王党派など保守派による抵抗や政治工作にあい、新未来党は2020年、前進党は2024年に憲法裁判所による解党命令を受けた。前進党の所属議員が新たに設立したのが国民党だ。

タイ政治は2001年のタクシン政権発足以降、いわゆるタクシン派対反タクシン派という軸で政争が展開されてきた。くさびを打ち込み第三勢力となったのが新未来党であり、現在の国民党である。

500議席ある下院の最大勢力は143議席の国民党、次いでタクシン派のタイ貢献党は140議席、アヌティン首相率いるタイの誇り党は69議席、その他の中小政党が複数ある。

アヌティン政権はタイの誇り党を中心として中小政党が相乗り。そこに、本来ならば対立関係にある国民党が政権樹立のためだけに閣外協力をして、新政権が発足するに至った。

今回、国民党の思惑は主に二つある。第一に、政権発足の条件として 「4か月以内の解散・総選挙」 を確約させること。第二に、短命な政権に参加して妥協を強いられるリスクを避け、政治を前進させるための「清潔な改革派」というイメージを守ることである。国民党にとって今回の協力は「体制に取り込まれることを避けつつ、次の選挙で勝つための布石」といえる。

国民党が掲げる政策は、従来の政党とは一線を画す。不敬罪(王室冒涜罪)の見直し、徴兵制の廃止、軍の政治介入排除といった制度改革を正面から訴えており、農村支援や債務軽減で支持を得てきたタクシン派や、既存秩序と協調してきたタイの誇り党とは根本的に方向性が異なる。

こうした三極体制のもと、来年の年明けには解散総選挙へと突入する。これまで、選挙はタクシン派政党が強く政権を獲得してきたが、その後の政局で政党が解党されて反タクシン派が政権を握るというパターンが千日手のように繰り返されてきた。

ただ、新勢力の国民党も前進政党が司法により解党されている。来年の総選挙で仮に国民党が勝利しても、その後のタイ政治が安定的に推移するかは未知数である。

タイの主要政党(下院、定数500)

出所)各種報道等より筆者作成

 

*2025年10月1日脱稿

プロフィール

川端 隆史 かわばたたかし

ジョーシス株式会社
ジョーシスサイバー地経学研究所(JCGR) 所長兼主任研究員

外交官×エコノミストの経験を活かし、現地・現場主義にこだわった情報発信が特徴。東南アジアなど新興国政治経済、地政学、サイバーセキュリティ、アジア財閥、イスラム経済、スタートアップエコシステム、テロ対策・危機管理などが主な関心事。

1999年に東京外国語大学東南アジア課程を卒業後、外務省で在マレーシア日本国大使館や国際情報統括官組織等に勤務し、東南アジア情勢の分析を中心に外交実務を担当。2010年、SMBC日興証券に転じ、金融経済調査部ASEAN担当シニアエコノミストとして国内外の機関投資家、事業会社への情報提供に従事。

2015年、ユーザベースグループのNewsPicks編集部に参画し、2016年からユーザベースのシンガポール拠点に出向、チーフアジアエコノミスト。2020年から2023年まで米国リスクコンサルティングファームのシンガポール支社Kroll Associates (S) Pte Ltdで地政学リスク評価、非財務・法務のビジネスデューデリジェンスを手がけた。

2023年にEYストラテジー・アンド・コンサルティングのインテリジェンスユニット・シニアマネージャーとしてビジネスインテリジェンスの強化を手がけた後、2024年4月よりジョーシス株式会社にてジョーシスサイバー地経学研究所を立ち上げ、地経学とサイバー空間をテーマに情報発信。

共著書に「マレーシアを知るための58章」(2023年、明石書店)「東南アジア文化事典」(2019年、丸善出版)、「ポスト・マハティール時代のマレーシア−政治と経済はどうかわったか」(2018年、アジア経済研究所)、「東南アジアのイスラーム」(2012年、東京外国語大学出版会)、「マハティール政権下のマレーシア−イスラーム先進国を目指した22年」(2006年、アジア経済研究所)。

栃木県足利市出身。NewsPicksプロピッカー、LinkedInトップボイス。
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