【~連載~川端 隆史のアジア新機軸】
第185回[日本×インド]モディ首相の訪日はインドブームを加速、中国とのバランスも視野に

元外交官 × エコノミスト 川端 隆史のアジア新機軸
2025年8月29〜30日、インドのナレンドラ・モディ首相が訪日した。石破茂首相との首脳会談では、10兆円規模の対印投資目標、安全保障協力宣言の17年ぶり改定、半導体・AI・クリーンエネルギーを含む経済安全保障分野の新イニシアチブが打ち出された。東北新幹線に石破首相と同乗し、仙台で半導体工場を視察するなど、経済と安全保障をつなぐ象徴的な場面が演出された。
インドメディアも好意的な論調だった。8月30日付インディアン・エクスプレスは「米国からの関税圧力に直面する中、東京で温かな成果を得た」と報じ、10兆円投資の表明やデジタル・AI協力を強調した。8月29日付NDTVは「経済安全保障・防衛協力での大盤振る舞い」と評し、米国との通商摩擦を補う成果として描いた。
ヒンドゥスタン・タイムズやタイムズ・オブ・インディアも、自由で開かれたインド太平洋構想における日印の役割を強調し、「特別戦略的パートナーシップの黄金期」と位置づけた(8月29日The Economic Times)。総じて、インド側のメディアや有識者は好意的な評価をした。
一方で、日本のあとに中国を訪問した日程については、インドのバランス外交の姿勢が見て取れる。訪日直後に訪中する日程は、インド外交が日本と中国の双方を重視する姿勢の表れだろう。前号で触れたように、印中は国境問題などを抱えながらも関係改善の動きを見せている。
他方で、モディ首相は、あくまで上海協力機構(SCO)首脳会議への出席で北京を訪問した体裁をとった。9月3日の北京で行われる抗日戦勝80周年の軍事パレードには欠席している。中国との関係構築という実利をとりつつも、日本への配慮を両立させる姿勢を見せた。
また、10兆円の巨額投資計画についてニューデリー大学のシュラバニ・ロイ・チョウドリー教授は、外交専門誌The Diplomatへの寄稿の中で「ただし、民間投資である点に注意」と指摘して慎重な見方をみせた。日本企業はインド側で技術を吸収できる素地や人材のスキルセットなど総合的な投資環境についてデューデリジェンスを慎重に実施するだろうと釘を刺した。
今回の訪日は、日印関係が理念的協調から「実装段階」の入り口に入ったことを意味する。日本で起こりつつあるインドブーム、そして今回のモディ首相訪日は、日印関係が戦略的な関係に入りつつあることを象徴している。その上で、日本は地に足をつけて米中などの国際情勢を踏まえながらインドとの互恵的な関係構築をしていく必要があるだろう。
日本企業ならではの価値をインドにしっかりと伝え、実施していくことで、国際環境に左右されるのではなく、日本主導で日印関係をアセットとすることができるだろう。
モディ首相の訪日における主な合意事項

*2025/09/02脱稿
プロフィール
川端 隆史 かわばたたかし
ジョーシス株式会社
ジョーシスサイバー地経学研究所(JCGR) 所長兼主任研究員
外交官×エコノミストの経験を活かし、現地・現場主義にこだわった情報発信が特徴。東南アジアなど新興国政治経済、地政学、サイバーセキュリティ、アジア財閥、イスラム経済、スタートアップエコシステム、テロ対策・危機管理などが主な関心事。
1999年に東京外国語大学東南アジア課程を卒業後、外務省で在マレーシア日本国大使館や国際情報統括官組織等に勤務し、東南アジア情勢の分析を中心に外交実務を担当。2010年、SMBC日興証券に転じ、金融経済調査部ASEAN担当シニアエコノミストとして国内外の機関投資家、事業会社への情報提供に従事。
2015年、ユーザベースグループのNewsPicks編集部に参画し、2016年からユーザベースのシンガポール拠点に出向、チーフアジアエコノミスト。2020年から2023年まで米国リスクコンサルティングファームのシンガポール支社Kroll Associates (S) Pte Ltdで地政学リスク評価、非財務・法務のビジネスデューデリジェンスを手がけた。
2023年にEYストラテジー・アンド・コンサルティングのインテリジェンスユニット・シニアマネージャーとしてビジネスインテリジェンスの強化を手がけた後、2024年4月よりジョーシス株式会社にてジョーシスサイバー地経学研究所を立ち上げ、地経学とサイバー空間をテーマに情報発信。
共著書に「マレーシアを知るための58章」(2023年、明石書店)「東南アジア文化事典」(2019年、丸善出版)、「ポスト・マハティール時代のマレーシア−政治と経済はどうかわったか」(2018年、アジア経済研究所)、「東南アジアのイスラーム」(2012年、東京外国語大学出版会)、「マハティール政権下のマレーシア−イスラーム先進国を目指した22年」(2006年、アジア経済研究所)。
栃木県足利市出身。NewsPicksプロピッカー、LinkedInトップボイス。 ▶SNSリンクはこちら |