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第181回[ベトナム×キリスト教]新教皇下で進展するベトナムのカトリック世界へのアプローチとインパクト

【~連載~川端 隆史のアジア新機軸】
第181回[ベトナム×キリスト教]新教皇下で進展するベトナムのカトリック世界へのアプローチとインパクト

元外交官 × エコノミスト 川端 隆史のアジア新機軸

前回に引き続き、今回もベトナム外交を取り上げる。テーマはバチカンとの関係、2025年5月に即位したローマ教皇レオ14世との関係構築である。

ベトナムのカトリック人口は6.1%(CIA World Factbook 2019年推計)と少数派であり、ローマ教皇との関係を儀礼的なものと捉える人も少なくない。しかし、国際的なキリスト教社会との関係構築や外交的な影響力という視点からは重要な意味がある。

ベトナムのヴォー・ティ・アイン・スアン国家副主席は、2025年6月30日にバチカンでレオ14世と会談した。特に注目されるのは、教皇自身がベトナム訪問への強い意欲を示した点だ。ベトナムは長年にわたりバチカンとの正式な外交関係を持たなかったが、2009年から共同作業部会が設置され定期対話が行われてきた。

そして、前フランシスコ教皇のもと、2023年7月にボー・バン・トゥオン国家主席(当時)がバチカンを訪問し、12月には初のベトナムからの教皇庁常駐代表としてマレク・ザレウスキー大司教が任命された。

今回の会談において、レオ14世は「ベトナムのカトリック教会および信徒と共に歩みたい」と述べた。ベトナム政府もこれを歓迎し、「神を敬い、祖国を愛す」という同国独自のスローガンを紹介しつつ、カトリック信徒が「良き市民」として社会に貢献できるよう、教皇の指導に期待を示した。

レオ14世はアメリカ出身であるが、アジア諸国での宣教経験も豊富に持つ。そのような経歴を持つ教皇が、共産党体制下のベトナムとの関係をどのように発展させていくのか。教皇訪問の実現と、フランシスコ前教皇時代に合意された教皇庁常駐代表の設置が、今後の関係構築の重要なマイルストーンとなるだろう。

また、ベトナムは経済発展が著しいが、地政学リスクを回避するためのサプライチェーンシフトの観点からも国際的な注目度が高まっている。今後、経済やビジネスのみならず、政治体制や社会情勢への関心もより高まると予想される。

その結果、国内のマイノリティとの関係や信教の自由を含む人権状況についても、国際社会の視線が向けられる可能性が高い。特にサプライチェーンにおけるESG基準の重要性は、今後さらに高まるだろう。

以上のように、バチカンとベトナムの関係には双方の外交的な思惑があり、儀礼的な枠を超え、ベトナム一国を超えたインパクトも想定される。レオ14世とベトナム政府関係者の今後の発言から、両国関係がどのように発展していくのかを注視する必要がある。両国とも表面的には情報を多く出さないだろうが、メディア等の公開情報から、その関係の機微を丹念に紐解いていく作業が求められる。

 

*2025年7月23日脱稿

プロフィール

川端 隆史 かわばたたかし

ジョーシス株式会社
ジョーシスサイバー地経学研究所(JCGR) 所長兼主任研究員

外交官×エコノミストの経験を活かし、現地・現場主義にこだわった情報発信が特徴。東南アジアなど新興国政治経済、地政学、サイバーセキュリティ、アジア財閥、イスラム経済、スタートアップエコシステム、テロ対策・危機管理などが主な関心事。

1999年に東京外国語大学東南アジア課程を卒業後、外務省で在マレーシア日本国大使館や国際情報統括官組織等に勤務し、東南アジア情勢の分析を中心に外交実務を担当。2010年、SMBC日興証券に転じ、金融経済調査部ASEAN担当シニアエコノミストとして国内外の機関投資家、事業会社への情報提供に従事。

2015年、ユーザベースグループのNewsPicks編集部に参画し、2016年からユーザベースのシンガポール拠点に出向、チーフアジアエコノミスト。2020年から2023年まで米国リスクコンサルティングファームのシンガポール支社Kroll Associates (S) Pte Ltdで地政学リスク評価、非財務・法務のビジネスデューデリジェンスを手がけた。

2023年にEYストラテジー・アンド・コンサルティングのインテリジェンスユニット・シニアマネージャーとしてビジネスインテリジェンスの強化を手がけた後、2024年4月よりジョーシス株式会社にてジョーシスサイバー地経学研究所を立ち上げ、地経学とサイバー空間をテーマに情報発信。

共著書に「マレーシアを知るための58章」(2023年、明石書店)「東南アジア文化事典」(2019年、丸善出版)、「ポスト・マハティール時代のマレーシア−政治と経済はどうかわったか」(2018年、アジア経済研究所)、「東南アジアのイスラーム」(2012年、東京外国語大学出版会)、「マハティール政権下のマレーシア−イスラーム先進国を目指した22年」(2006年、アジア経済研究所)。

栃木県足利市出身。NewsPicksプロピッカー、LinkedInトップボイス。
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