【~連載~川端 隆史のアジア新機軸】
第180回[ベトナム×ロシア] 「竹外交」の実利でつなぐ戦略的距離─深化するロシア・ベトナム関係の現在地

元外交官 × エコノミスト 川端 隆史のアジア新機軸
2025年6月、ベトナムとロシアの関係強化が目立った。両国は外交関係樹立から75年という節目を迎え、エネルギーや防衛、教育、科学技術などの分野で協力の深化がみられた。ロシアとの関係構築は、ベトナムが掲げる「竹外交(バンブー・ディプロマシー)」を体現。表面上は揺らいでいるように見えるが、地に深く根を張り、しなやかさを持つ外交。竹の姿そのものである。
なかでも筆者が最も注目したのは、原子力発電所の建設計画に関する動きだ。ベトナム政府は6月24日、中南部のニントゥアン省を建設地とし、ロシア国営原子力企業ロスアトムとの正式協定に2025年8月に署名する予定を明らかにした。長年凍結されていたベトナムの原発導入構想が、再始動する。急成長するベトナム経済と脱炭素化のニーズを背景に、エネルギー安全保障政策の要となることが期待される。
また、グローバルサウスの視点からも重要な動きがあった。6月13日、ベトナムはロシアも加盟するBRICSの「パートナー国」として正式に認定された。これで首脳会議など多国間の意思決定プロセスに参加する道が開かれた。
経済連携に関しても、6月下旬にベトナム政府代表団がロシアのサンクトペテルブルク国際経済フォーラム(SPIEF)に出席し、エネルギー、ハイテク、デジタル分野での連携拡大についてロシア側と協議した。共同開発やインフラ協力など、質の高い連携を目指す動きに向かう。
こうした一連の進展は、2024年6月に実現したプーチン大統領のベトナム訪問が下地となった。ウクライナ戦争が続くなか、国際刑事裁判所(ICC)から逮捕状が出ているプーチン氏を公式に迎え入れたことで、ベトナムは西側諸国から強い批判を浴びた。
一方で、ベトナムはロシアと11本の協定を締結し、防衛やエネルギー協力を強化した。ロシア側もまた、アジア太平洋地域における安全保障の枠組み構築に向けた信頼醸成を呼びかけ、長期的な関与の意思を明示した。
以上のように見ると、ロシアとベトナムの関係は、冷戦期のイデオロギー的な同盟関係から脱却し、エネルギー、安全保障、経済秩序などの現実的利益を軸としたパートナーシップへと深化している。米中のいずれか一方に過度に依存することなく、「選択肢を最大化する外交」を展開するベトナムにとって、ロシアの存在は重要な意味を持つ。
「竹外交」の理念に則り、米中を中心とした大国との関係を維持しつつ、ロシアにバランス役を求めている。
*2025年7月9日脱稿
プロフィール
川端 隆史 かわばたたかし
ジョーシス株式会社
ジョーシスサイバー地経学研究所(JCGR) 所長兼主任研究員
外交官×エコノミストの経験を活かし、現地・現場主義にこだわった情報発信が特徴。東南アジアなど新興国政治経済、地政学、サイバーセキュリティ、アジア財閥、イスラム経済、スタートアップエコシステム、テロ対策・危機管理などが主な関心事。
1999年に東京外国語大学東南アジア課程を卒業後、外務省で在マレーシア日本国大使館や国際情報統括官組織等に勤務し、東南アジア情勢の分析を中心に外交実務を担当。2010年、SMBC日興証券に転じ、金融経済調査部ASEAN担当シニアエコノミストとして国内外の機関投資家、事業会社への情報提供に従事。
2015年、ユーザベースグループのNewsPicks編集部に参画し、2016年からユーザベースのシンガポール拠点に出向、チーフアジアエコノミスト。2020年から2023年まで米国リスクコンサルティングファームのシンガポール支社Kroll Associates (S) Pte Ltdで地政学リスク評価、非財務・法務のビジネスデューデリジェンスを手がけた。
2023年にEYストラテジー・アンド・コンサルティングのインテリジェンスユニット・シニアマネージャーとしてビジネスインテリジェンスの強化を手がけた後、2024年4月よりジョーシス株式会社にてジョーシスサイバー地経学研究所を立ち上げ、地経学とサイバー空間をテーマに情報発信。
共著書に「マレーシアを知るための58章」(2023年、明石書店)「東南アジア文化事典」(2019年、丸善出版)、「ポスト・マハティール時代のマレーシア−政治と経済はどうかわったか」(2018年、アジア経済研究所)、「東南アジアのイスラーム」(2012年、東京外国語大学出版会)、「マハティール政権下のマレーシア−イスラーム先進国を目指した22年」(2006年、アジア経済研究所)。
栃木県足利市出身。NewsPicksプロピッカー、LinkedInトップボイス。
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