【~連載~川端 隆史のアジア新機軸】
第179回[中東×東南アジア] 中東危機に東南アジアが示した温度差―イラン攻撃に対してトーンが分かれる声

イラン国旗。緑はイスラム教、白は平和、赤色は勇敢さを象徴。「アッラーフ・アクバル(神は偉大なり)」が上下に11ずつ、計22書かれている。イラン暦の11月22日にイラン革命が帝政を打倒したことが由来。(写真: Unsplash/Akbar Nemati)
元外交官 × エコノミスト 川端 隆史のアジア新機軸
2025年6月中旬、イスラエルとアメリカによるイラン核関連施設への空爆は、中東の緊張を一気に引き上げた(6月24日、米国の仲介でイランとイスラエルの停戦合意が成立)。軍事衝突の余波は地理的に東南アジアにも波及し、各国政府の対応が注目された。だが、その反応には明確な温度差が浮かび上がる。
最も強く反応したのは、世界最大のイスラム教徒(ムスリム)人口を抱えるインドネシアだ。外務省は、イスラエルによる攻撃を「国際法違反」と非難し、イランの核施設がIAEA(国際原子力機関)の監督下にあることを強調した。武力の行使ではなく対話による解決を呼びかけた。
人口の3分の2がムスリムで国教をイスラム教と定めるマレーシアもこれに続き、アンワル首相がイスラエルと米国の行動を強く非難。イランには自衛権があるとの立場を明確にし、ペゼシュキアン新大統領との電話会談では「包括的外交解決」を支持すると表明した。
ブルネイもイスラム諸国の一員として、イスラエルの攻撃停止を求めるアラブ・イスラム共同声明に名を連ねた。これら、イスラム教の存在感が大きい国々の反応には、宗教的連帯やパレスチナ問題への長年の関与が背景にある。シーア派のイランとスンナ派の東南アジア諸国の違いを超えたところでの連帯が示されている。
一方、シンガポール、タイ、フィリピン、ベトナムといった、ムスリムが少数派の国々の対応は、より中立的な姿勢となった。シンガポールは「自制と対話」を呼びかけるにとどめ、特定国の非難は避けた。タイとフィリピンも、民間人保護と国際法尊重を掲げ、早期の沈静化を求めた。とりわけフィリピンは、出稼ぎ労働者の安全確保を優先事項とし、中東に滞在する自国民の退避も視野に入れている。
この温度差の根底には、宗教だけでなく、国際的な立ち位置や経済的利害も影響している。インドネシアやマレーシアにとっては、イスラム共同体の一員としての責務や国内世論が強い一方、それを全面に出す必要のない国々は、米国やイスラエルとの政治経済関係を考慮して、あからさまな批判を控える傾向がある。あくまで国際法の一般原則を強調する視点から主張を展開したと言える。
東南アジア諸国はこれまでも中東問題に対して「内政不干渉」と「平和的解決」を掲げてきたが、今回はイスラエルの行動が地域を越えて波紋を広げた。それに対する各国の対応は、自国のアイデンティティと外交原則を映し出す鏡でもある。ただ、イスラム教徒が多数派の国々は、国内世論への配慮も多分に見て取れる。外交と内政のつながりへの配慮がはっきりと現れたとも言えるだろう。
*2025年6月17日脱稿
プロフィール
川端 隆史 かわばたたかし
ジョーシス株式会社
ジョーシスサイバー地経学研究所(JCGR) 所長兼主任研究員
外交官×エコノミストの経験を活かし、現地・現場主義にこだわった情報発信が特徴。東南アジアなど新興国政治経済、地政学、サイバーセキュリティ、アジア財閥、イスラム経済、スタートアップエコシステム、テロ対策・危機管理などが主な関心事。
1999年に東京外国語大学東南アジア課程を卒業後、外務省で在マレーシア日本国大使館や国際情報統括官組織等に勤務し、東南アジア情勢の分析を中心に外交実務を担当。2010年、SMBC日興証券に転じ、金融経済調査部ASEAN担当シニアエコノミストとして国内外の機関投資家、事業会社への情報提供に従事。
2015年、ユーザベースグループのNewsPicks編集部に参画し、2016年からユーザベースのシンガポール拠点に出向、チーフアジアエコノミスト。2020年から2023年まで米国リスクコンサルティングファームのシンガポール支社Kroll Associates (S) Pte Ltdで地政学リスク評価、非財務・法務のビジネスデューデリジェンスを手がけた。
2023年にEYストラテジー・アンド・コンサルティングのインテリジェンスユニット・シニアマネージャーとしてビジネスインテリジェンスの強化を手がけた後、2024年4月よりジョーシス株式会社にてジョーシスサイバー地経学研究所を立ち上げ、地経学とサイバー空間をテーマに情報発信。
共著書に「マレーシアを知るための58章」(2023年、明石書店)「東南アジア文化事典」(2019年、丸善出版)、「ポスト・マハティール時代のマレーシア−政治と経済はどうかわったか」(2018年、アジア経済研究所)、「東南アジアのイスラーム」(2012年、東京外国語大学出版会)、「マハティール政権下のマレーシア−イスラーム先進国を目指した22年」(2006年、アジア経済研究所)。
栃木県足利市出身。NewsPicksプロピッカー、LinkedInトップボイス。
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