【~連載~川端 隆史のアジア新機軸】
第178回 [タイ×グローバル企業]タイの老舗ホテル、そのグローバル戦略を探る

元外交官 × エコノミスト 川端 隆史のアジア新機軸
デュシット(Dusit)というタイの老舗ホテルブランドは、東南アジアでは広く知られているが、日本では2023年に京都に2軒のホテルを開業してから注目されるようになった。だが、このタイ発のホテルグループが、世界各地で着実にその足跡を広げてきたことは、まだあまり知られていない。
現在、デュシット インターナショナル(Dusit International)は、世界18か国で約60のホテルを運営するグローバル企業に成長しており、タイ証券取引所にも上場している。
そのブランドも「Dusit Thani」を冠した高級路線のほか、ライフスタイル型の「ASAI」、モダンな都市型「dusitD2」、中価格帯の「Dusit Princess」、ウェルネス特化型の「Devarana – Dusit Retreats」、個性派ホテルとの提携型「Dusit Collection」など、多層的に展開されている。
この企業の礎を築いたのは、1922年バンコク生まれのチャナット・ピヤウィ女史である。製材業と製米業を営む家庭に育ち、第二次世界大戦後にはアメリカに単身留学。タイ人女性としては極めて稀なケースだった。
渡米先で出会った近代的ホテル文化に刺激を受け、1948年にタイでホテル事業をスタート。1970年には、当時東南アジアで最も高いビルとなる「Dusit Thani Bangkok」を開業した。その後もホテル経営にとどまらず、人材育成や料理教育を目的とした教育機関の設立など、ホスピタリティ産業の基盤づくりに尽力した。2020年に逝去した際には、「ホテル業界の母」として広く称えられた。
2014年にチャナット女史が第一線を退いた後は、孫のチャニン・ドナバニック氏(ボストン大学MBA)が経営を継承。現在は副会長としてグループ戦略を支える。
一方、2016年にはIBMやThaicomでの経験を持つスパジー・スタンパン女史がCEOに就任。創業家以外からの登用はこれが初であり、経営の近代化とグローバル展開を進める上での象徴的な人事だった。この二人が「伝統と革新の二枚看板」として、現在のデュシタニを牽引している。
海外展開の始まりは1997年のフィリピン・マニラ。以後、中国(常州、広州、上海など)、中東(ドバイ、アブダビ、カタール、サウジアラビア)、アフリカ(ケニア・ナイロビ)へと進出し、2023年には欧州初進出としてギリシャ・アテネに「Dusit Suites Athens」を開業。日本でも、同年にライフスタイル型「ASAI Kyoto Shijo」と高級路線の「Dusit Thani Kyoto」を開業した。
2025年以降はグループとして100軒体制を目指すとし、拡張路線を鮮明にしている。パンデミックによる苦境を乗り越え、2023年には過去最多となる14軒の新規ホテルを世界で開業。収益もV字回復を遂げており、東南アジア発のホテルブランドとして、今まさに国際的な存在感を高めている。
このように、グローバル化を進める東南アジア企業は着実に増えており、デュシットはその中でも先進国の一等地に正面から挑む数少ないブランドのひとつである。今後の展開に注目したい企業である。
デュシットホテルの海外進出

*2025年6月17日
プロフィール
川端 隆史 かわばたたかし
ジョーシス株式会社
ジョーシスサイバー地経学研究所(JCGR) 所長兼主任研究員
外交官×エコノミストの経験を活かし、現地・現場主義にこだわった情報発信が特徴。東南アジアなど新興国政治経済、地政学、サイバーセキュリティ、アジア財閥、イスラム経済、スタートアップエコシステム、テロ対策・危機管理などが主な関心事。
1999年に東京外国語大学東南アジア課程を卒業後、外務省で在マレーシア日本国大使館や国際情報統括官組織等に勤務し、東南アジア情勢の分析を中心に外交実務を担当。2010年、SMBC日興証券に転じ、金融経済調査部ASEAN担当シニアエコノミストとして国内外の機関投資家、事業会社への情報提供に従事。
2015年、ユーザベースグループのNewsPicks編集部に参画し、2016年からユーザベースのシンガポール拠点に出向、チーフアジアエコノミスト。2020年から2023年まで米国リスクコンサルティングファームのシンガポール支社Kroll Associates (S) Pte Ltdで地政学リスク評価、非財務・法務のビジネスデューデリジェンスを手がけた。
2023年にEYストラテジー・アンド・コンサルティングのインテリジェンスユニット・シニアマネージャーとしてビジネスインテリジェンスの強化を手がけた後、2024年4月よりジョーシス株式会社にてジョーシスサイバー地経学研究所を立ち上げ、地経学とサイバー空間をテーマに情報発信。
共著書に「マレーシアを知るための58章」(2023年、明石書店)「東南アジア文化事典」(2019年、丸善出版)、「ポスト・マハティール時代のマレーシア−政治と経済はどうかわったか」(2018年、アジア経済研究所)、「東南アジアのイスラーム」(2012年、東京外国語大学出版会)、「マハティール政権下のマレーシア−イスラーム先進国を目指した22年」(2006年、アジア経済研究所)。
栃木県足利市出身。NewsPicksプロピッカー、LinkedInトップボイス。
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