【~連載~川端 隆史のアジア新機軸】
第169回[国際犯罪×東南アジア]カンボジアで深刻化する越境詐欺、解決に向けた政治的意志は発揮されるのか

元外交官 × エコノミスト 川端 隆史のアジア新機軸
カンボジアで越境詐欺が深刻化している。SNSやメッセージアプリを利用し、投資や恋愛を装って被害者をだます「豚の肥育(ピッグ ブッチャリング)」型の詐欺が横行し、巧みな言葉と長期的なやり取りをもって大金を巻き上げる構造が形成されている。
さらに詐欺組織の背後には人身売買の問題が色濃く横たわり、多くの外国人が虚偽の求人情報に誘われてカンボジアへ渡航し、暴力や監禁下で詐欺行為を強要されているという。
主要な拠点は、カジノが乱立するシアヌークビルやタイ国境沿いのポイペト、ベトナム国境のバベットなどが挙げられる。リゾート開発や特別経済区として注目を集めてきた地域だ。しかし、外部からの監視が及びにくいため、犯罪の温床ともなってきた。こうした違法行為を黙認、あるいは積極的に協力しているのではないかと疑われる政治家や財界人の名前も取り沙汰されている。
越境詐欺は、カンボジアだけでなく東南アジア全域に影響が出ている。タイやベトナムなどの若者が「高給のIT職」や「カジノ関連業務」といった求人広告につられて渡航し、パスポートを没収されて詐欺行為を強いられたという事例がある。
中国人もターゲットとされて被害があり、中国政府がカンボジア側に強い懸念を示した。こうした国際的圧力を背景に、カンボジア当局も本腰を入れて取り締まりを強化し始めた。
2024年から2025年にかけては、特別対策委員会の設置や警察による大規模な取締が相次いで発表された。ただ、摘発のたびに主犯格が事前に姿を消す事例や、施設が別の形態に鞍替えして再稼働する現象も報告されている。詐欺組織が摘発を逃れて「点」を移動する、いわゆる「風船効果」が後を絶たない。
国連や米国務省の報告書では、人身売買と強制労働を伴う詐欺産業は人道的問題でもあり、数万人規模の外国人が劣悪な環境で拘束されている可能性があるという。フン・マネット首相は就任以降、オンライン詐欺と人身売買の撲滅を主要課題に掲げ、ASEAN内外の関係機関との連携を進める方針を示している。
ただし、強制力のある措置を持続的に実行し、汚職構造の根幹にメスを入れる政治的意志が必要だ。カンボジアが越境詐欺の温床とみなされる事態が長引けば、観光・投資先としての信頼も揺らぎかねない。
*2025年3月19日脱稿
プロフィール
川端 隆史 かわばたたかし
ジョーシス株式会社
ジョーシスサイバー地経学研究所(JCGR) 所長兼主任研究員
外交官×エコノミストの経験を活かし、現地・現場主義にこだわった情報発信が特徴。東南アジアなど新興国政治経済、地政学、サイバーセキュリティ、アジア財閥、イスラム経済、スタートアップエコシステム、テロ対策・危機管理などが主な関心事。
1999年に東京外国語大学東南アジア課程を卒業後、外務省で在マレーシア日本国大使館や国際情報統括官組織等に勤務し、東南アジア情勢の分析を中心に外交実務を担当。2010年、SMBC日興証券に転じ、金融経済調査部ASEAN担当シニアエコノミストとして国内外の機関投資家、事業会社への情報提供に従事。
2015年、ユーザベースグループのNewsPicks編集部に参画し、2016年からユーザベースのシンガポール拠点に出向、チーフアジアエコノミスト。2020年から2023年まで米国リスクコンサルティングファームのシンガポール支社Kroll Associates (S) Pte Ltdで地政学リスク評価、非財務・法務のビジネスデューデリジェンスを手がけた。
2023年にEYストラテジー・アンド・コンサルティングのインテリジェンスユニット・シニアマネージャーとしてビジネスインテリジェンスの強化を手がけた後、2024年4月よりジョーシス株式会社にてジョーシスサイバー地経学研究所を立ち上げ、地経学とサイバー空間をテーマに情報発信。
共著書に「マレーシアを知るための58章」(2023年、明石書店)「東南アジア文化事典」(2019年、丸善出版)、「ポスト・マハティール時代のマレーシア−政治と経済はどうかわったか」(2018年、アジア経済研究所)、「東南アジアのイスラーム」(2012年、東京外国語大学出版会)、「マハティール政権下のマレーシア−イスラーム先進国を目指した22年」(2006年、アジア経済研究所)。
栃木県足利市出身。NewsPicksプロピッカー、LinkedInトップボイス。
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