【~連載~川端 隆史のアジア新機軸】
第168回[政治×シンガポール]2025年総選挙に向けた選挙区割りの見直し

元外交官 × エコノミスト 川端 隆史のアジア新機軸
現在、シンガポールでは総選挙に向けた重要な動きがある。それは選挙区画の見直し作業だ。本連載の第162回でも触れたが今回は新しい動きも含めて、もう少し詳しく解説しておこう。
1月22日に設置された選挙区画審査委員会(EBRC)が見直し作業を行っている。過去の事例では、EBRCの設置は総選挙の3〜11か月前である。これに基づけば、早ければ2025年5月にも総選挙が実施される可能性がある。野党は公平性と透明性を保つために、最低でも3か月の見直し期間を設けるよう要望しており、最低限、この期間は確保される見込みだろう。
2025年の総選挙は、現在の任期を考慮すると、遅くとも11月23日までには実施される予定である。過去に任期満了となった事例はないため、それよりも早く行われるとみられる。また、大型の休暇時期であるスクールホリデーなどを避ける形で総選挙の日程が検討される。
EBRCの事務局は首相官邸に設置され、住宅開発庁、シンガポール土地管理局、統計局、選挙局の幹部で構成されている。こうした構成になっている理由は、選挙区ごとの民族構成を含む人口動向を考慮して境界画定が行われるためだ。前回の総選挙と同程度のGRC平均規模、SMCから選出される議員の割合、有権者対議員の比率の維持などが考慮される。
注目すべき点は、集団選挙区(GRC)と小選挙区(SMC)の数と規模である。西部地区など近年の住宅開発が著しい地区は前回の選挙時に比べると人口増となっているため、変化が大きいのではないかと専門家は予測している。
現在の総議席数は93で、31選挙区で構成されている。選挙区の構成はGRC17、SMC14とほぼ均衡しているが、議席数の内訳はGRC79、SMC14と大きな差がある。GRCは団体戦のようなもので、一つの選挙区で勝利した政党が総取りをする仕組みである。最多で5名が選出される。つまり、GRCの選挙結果が総選挙全体の行方を左右する。
今年の選挙は、2024年5月に就任したローレンス・ウォン首相にとって、就任後初めての選挙となる。前回はGRCで最大の5人区のうちの一つであるアルジュニード選挙区で与党が敗北し、大きく注目された。ウォン首相体制で、特に若年層の支持獲得や、前回の選挙で得票を伸ばした野党に対する与党の戦略が注目されている。

首相に就任して初めて国民の審判を待つローレンス・ウォン首相(写真:Wikimedia Commons/Number10)
*2025年3月5日脱稿
プロフィール
川端 隆史 かわばたたかし
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社
ストラテジー/インテリジェンスユニット シニアマネージャー
外交官×エコノミストの経験を活かし、現地・現場主義にこだわった情報発信が特徴。主な研究テーマは東南アジアなど新興国マクロ政治経済、地政学、アジア財閥ビジネスの変容とグローバル化、イスラム経済、医療・ヘルスケア産業、スタートアップエコシステム、テロ対策・危機管理。
1999年に東京外国語大学東南アジア課程を卒業後、外務省で在マレーシア日本国大使館や国際情報統括官組織等に勤務し、東南アジア情勢の分析を中心に外交実務を担当。2010年、SMBC日興証券に転じ、金融経済調査部ASEAN担当シニアエコノミストとして国内外の機関投資家、事業会社への情報提供に従事。
2015年、ユーザベースグループのNewsPicks編集部に参画し、2016年からユーザベースのシンガポール拠点に出向、チーフアジアエコノミスト。2020年から2023年まで米国リスクコンサルティングファームのシンガポール支社Kroll Associates (S) Pte Ltdで地政学リスク評価、非財務・法務のビジネスデューデリジェンスを手がけた。
2023年にEYストラテジー・アンド・コンサルティングのインテリジェンスユニット・シニアマネージャーとしてビジネスインテリジェンスの強化を手がけた後、2024年4月よりITデバイス&SaaSの統合管理クラウドを提供する現所属にて情報発信を担当。
共著書に「東南アジア文化事典」(2019年、丸善出版)、「ポスト・マハティール時代のマレーシア-政治と経済はどうかわったか」(2018年、アジア経済研究所)、「東南アジアのイスラーム」(2012年、東京外国語大学出版会)、「マハティール政権下のマレーシア-イスラーム先進国を目指した22年」(2006年、アジア経済研究所)。
栃木県足利市出身。NewsPicksプロピッカー、LinkedInトップボイス。
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