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第162回[シンガポール×政治]ローレンス・ウォン首相が名実ともに権力継承。注目される総選挙に向けた動き

【~連載~川端 隆史のアジア新機軸】
第162回[シンガポール×政治]ローレンス・ウォン首相が名実ともに権力継承。注目される総選挙に向けた動き

元外交官 × エコノミスト 川端 隆史のアジア新機軸

11月24日、シンガポールの与党・人民行動党(PAP)の党大会で、書記長ポストがリー・シェンロン前首相からローレンス・ウォン首相に交代した。今年5月にウォン政権は発足していたが、党の権力継承は今回の党大会で実現した形だ。これをもって、名実ともにシンガポール政治はウォン体制と移行した事となる。

次の注目すべき政治イベントは総選挙だ。前回の総選挙は、コロナ禍中の2020年7月10日に実施された。シンガポールの国会は一院制で任期は5年。つまり、2025年7月には任期満了となり総選挙が行われる。ただ、政治史を振り返ると任期満了となったことは一度も無く、PAPがタイミングを見て解散・総選挙を主導してきた。

今回のPAPトップ後退を受けて、早ければ年内にも総選挙という憶測が報じられるようになってきた。この憶測が当たるかどうかは別として、選挙モードに入ったことは確かであるし、来年までには総選挙が行われることが確実だ。

シンガポールの政権は、マレーシアからの分離独立以来、PAPが一貫して政権を運営してきた。政権交代が起こる可能性も非常に低い。そのため、「結果は見えている」として、あまり深掘りしない人も少なくないだろう。しかし、選挙結果を受けて、PAPが政策を調整したと思われる場面はある。そのため、各政党の得票率と各選挙区の動向は細かく見ておきたい。

PAPの得票率は過去、概ね6から8割で推移してきているが、2020年総選挙では61.2%となり、2011年の61.0%に次いで低い数字にとどまった。図版にみられるように、長期的にはじわじわと下がる傾向にある。

シンガポールの投票率は高く、毎回、90%を超えている。2020年も95%に達した。背景には法的に投票が義務づけられている。投票しなければ罰金が科せられる。したがって、総選挙における各党の得票率は、ほぼイコールで支持政党の非常に精度の高い世論調査とみなせる。

また、過去の総選挙では現役の大臣が落選しているケースが散見される。加えて、シンガポールには集団選挙区という独特の仕組みがある。いわば、スポーツの団体戦のような形で争われ、勝利すれば選挙区に割り当てられた複数議席をまるごと獲得でき、負ければゼロ議席となる。前回は17ある集団選挙区(4人区が6、5人区が11)のうち、2つの選挙区で野党労働党が勝利した。一部に過ぎないと見えてしまうかもしれないが、PAPの牙城を崩したとも言える。PAPが敗退した集団選挙区では現役閣僚も含まれていた。

シンガポールの選挙制度については、ほかの機会に詳細を説明したいと思うが、重要なことは「いつ」よりも、得票率や選挙区レベルまで観察し、この国の世論を読み取ることにある。

出所:シンガポール選挙局より筆者作成
出所:日本国内閣官房内閣広報室/Wikimedia Commons

*2024年11月27日脱稿

プロフィール

川端 隆史 かわばたたかし

EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社
ストラテジー/インテリジェンスユニット シニアマネージャー

外交官×エコノミストの経験を活かし、現地・現場主義にこだわった情報発信が特徴。主な研究テーマは東南アジアなど新興国マクロ政治経済、地政学、アジア財閥ビジネスの変容とグローバル化、イスラム経済、医療・ヘルスケア産業、スタートアップエコシステム、テロ対策・危機管理。

1999年に東京外国語大学東南アジア課程を卒業後、外務省で在マレーシア日本国大使館や国際情報統括官組織等に勤務し、東南アジア情勢の分析を中心に外交実務を担当。2010年、SMBC日興証券に転じ、金融経済調査部ASEAN担当シニアエコノミストとして国内外の機関投資家、事業会社への情報提供に従事。

2015年、ユーザベースグループのNewsPicks編集部に参画し、2016年からユーザベースのシンガポール拠点に出向、チーフアジアエコノミスト。2020年から2023年まで米国リスクコンサルティングファームのシンガポール支社Kroll Associates (S) Pte Ltdで地政学リスク評価、非財務・法務のビジネスデューデリジェンスを手がけた。

2023年にEYストラテジー・アンド・コンサルティングのインテリジェンスユニット・シニアマネージャーとしてビジネスインテリジェンスの強化を手がけた後、2024年4月よりITデバイス&SaaSの統合管理クラウドを提供する現所属にて情報発信を担当。

共著書に「東南アジア文化事典」(2019年、丸善出版)、「ポスト・マハティール時代のマレーシア-政治と経済はどうかわったか」(2018年、アジア経済研究所)、「東南アジアのイスラーム」(2012年、東京外国語大学出版会)、「マハティール政権下のマレーシア-イスラーム先進国を目指した22年」(2006年、アジア経済研究所)。

栃木県足利市出身。NewsPicksプロピッカー、LinkedInトップボイス。
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