【~連載~川端 隆史のアジア新機軸】
第161回 トランプ新政権への移行期でも着々と進む米比の安全保障関係、GSOMIAの締結へ
元外交官 × エコノミスト 川端 隆史のアジア新機軸
米国大統領選挙でトランプ候補が勝利し、2025年1月から新政権が発足する予定である。閣僚人事などに関心が集まっており、注目すべき話題が続いている。アジア地域への影響として特に大きいのは、中国との関係である。
米中関係は緊張が続く可能性が高い。米国の対中政策は簡単に割り切れない部分がある。民主党は人権問題などを批判しつつ、多国間主義や外交手段を通じて解決を図る姿勢を示してきた。一方、共和党は貿易問題を中心に比較的強硬なスタンスを取ることが多い。
ただし、ここ10年程度で両党の政策には徹底的な違いが見られなくなってきている。中長期的に見ても、安全保障や経済の観点から米国にとって中国が最大の存在であることに変わりはない。両国関係が融和的な方向に向かう可能性は低いと考えられる。
バイデン政権は残りわずかであるが、中国やASEANなどアジア地域に対する安全保障や外交政策は引き続き注目すべきである。トランプ政権に移行したとしても、政策が根本から変わる可能性は低い。
11月18日、オースティン米国防長官は訪問先のフィリピンでテオドロ国防相と会談し、軍事情報包括保護協定(GSOMIA)を締結した。GSOMIAは2019年に日韓関係が悪化した際に注目された協定であり、軍事情報の交換を行うために各国が締結するものである。米国は日本、韓国、オーストラリアなどアジア太平洋の主要国とGSOMIAを結んでいる。
米国のアジア太平洋地域における軍事戦略、特に対中関係において、フィリピンは日本と並んで重要な位置を占めている。かつてフィリピンには米軍基地が存在していたが、1991年にフィリピン国会が地位協定の延長を拒否し、翌年には米軍が撤退した。その後、1996年まで軍事訓練などで特別な地位が与えられたが、現在では訪問米軍という形でプレゼンスを維持している。
しかし、米兵による暴行事件などが問題となり、フィリピン国内では不満が蓄積している。この結果、2020年には当時のドゥテルテ大統領が「訪問米軍地位協定」(VFA)の破棄を通告した。
一方で、米比相互防衛条約(1951年)や防衛協力強化協定(EDCA、2014年)は維持されている。フィリピン国内に複雑な感情があるものの、中国の軍事力増強を背景に、南シナ海の領有権問題で緊張が高まっている。そのため、米国との安全保障上の基盤は引き続き維持する姿勢が見られる。
トランプ陣営は選挙中に全輸入品に対して10%の関税引き上げを表明し、特に中国製品については60%の引き上げを宣言している。これが実行に移されるかどうかは注視する必要があるが、いずれにせよ、中国からの輸入縮小や中国依存度の低下が進む方向に向かうだろう。これにより、安全保障上の緊張はさらに高まると考えられる。
こうした状況の中で、米国とフィリピンの軍事関係の行方は注目すべきである。
アメリカとフィリピンの兵士の様子。
紆余曲折がありながらもアメリカとフィリピンの軍事関係はアジアにおいて重要論点ありつづけた。
(写真:Wikimedia Commons/Mass Communication Specialist 2nd Class Dustin Coveny, USN)
*2024年11月19日脱稿
プロフィール
川端 隆史 かわばたたかし
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社
ストラテジー/インテリジェンスユニット シニアマネージャー
外交官×エコノミストの経験を活かし、現地・現場主義にこだわった情報発信が特徴。主な研究テーマは東南アジアなど新興国マクロ政治経済、地政学、アジア財閥ビジネスの変容とグローバル化、イスラム経済、医療・ヘルスケア産業、スタートアップエコシステム、テロ対策・危機管理。
1999年に東京外国語大学東南アジア課程を卒業後、外務省で在マレーシア日本国大使館や国際情報統括官組織等に勤務し、東南アジア情勢の分析を中心に外交実務を担当。2010年、SMBC日興証券に転じ、金融経済調査部ASEAN担当シニアエコノミストとして国内外の機関投資家、事業会社への情報提供に従事。
2015年、ユーザベースグループのNewsPicks編集部に参画し、2016年からユーザベースのシンガポール拠点に出向、チーフアジアエコノミスト。2020年から2023年まで米国リスクコンサルティングファームのシンガポール支社Kroll Associates (S) Pte Ltdで地政学リスク評価、非財務・法務のビジネスデューデリジェンスを手がけた。
2023年にEYストラテジー・アンド・コンサルティングのインテリジェンスユニット・シニアマネージャーとしてビジネスインテリジェンスの強化を手がけた後、2024年4月よりITデバイス&SaaSの統合管理クラウドを提供する現所属にて情報発信を担当。
共著書に「東南アジア文化事典」(2019年、丸善出版)、「ポスト・マハティール時代のマレーシア-政治と経済はどうかわったか」(2018年、アジア経済研究所)、「東南アジアのイスラーム」(2012年、東京外国語大学出版会)、「マハティール政権下のマレーシア-イスラーム先進国を目指した22年」(2006年、アジア経済研究所)。
栃木県足利市出身。NewsPicksプロピッカー、LinkedInトップボイス。
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