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第154回 増え続けるタイの家計債務、自動車需要の重石に

【~連載~川端 隆史のアジア新機軸】
第154回 増え続けるタイの家計債務、自動車需要の重石に

元外交官 × エコノミスト 川端 隆史のアジア新機軸

タイの自動車生産が振るわない。8月27日にタイ工業連盟(FTI)が発表したデータによると、7月は12万4829台となり、前年同月比でマイナス17%となった。前年同月比ベースでみると12か月、つまり1年間連続で生産が減少している。

広く知られているようにタイは自動車王国であり、生産は国内だけでなく輸出向けもある。生産減の背景については本来、さまざまな要素を検討しなくてはならない。新モデルの発表や各地拠点での生産量の調整などオペレーション上の理由が影響することもある。

ただ、タイでは内需の影響が明らかに出ている。輸出向け生産は、前年同期プラス1%で8万7538台とほぼ横ばいだった。一方、国内向けはマイナス41%の3万7291台と大幅な落ち込みとなった。無論、需要以外にもただ、12か月連続減と、国内向け台数の大幅な落ち込みは、タイでの自動車需要が弱い、あるいは需要を抑制する要因があると考えるのが自然だ。

自動車の国内需要が弱い背景について、FTIはオートローン審査が厳格化していることを指摘した。その背景を理解するには家計債務が手がかりとなる点は各種報道や金融機関の分析で指摘されている。では、タイの家計債務の状況はどのようになっているのだろうか。

タイ中央銀行が発表しているデータをみると、タイ家計債務のGDP比は、直近の2023年10−12月期に92.3%となっている。前々からタイの家計債務の高さは課題となっており、2020年7-9月期以降は90%を超えている。ピークの2021年1-3月期には96.6%まで到達してその後減少傾向となったものの、依然として高い水準だと言える。他の東南アジア諸国、例えばマレーシア69.4%、シンガポール46.5%、インドネシア16.5%と比較しても高い。

タイの家計債務はタイ経済の長年の課題となっており、消費の重石となっている。かつては80%が危険推移レベルと見なされていた。筆者が証券会社でASEAN担当シニアエコノミストをしていた2010年〜2015年ころの議論だ。2014年10-12月期には80.2%と80%を超えた。その後、若干下がる場面もあったものの、2018年7-9月期以降は80%を常に超え、90%にまで到達した。危険推移レベルが常態化してしまったとも言える。

タイは日本企業が多く進出しており、活気があり景気が良いようなイメージがある。しかし、経済統計を見るとそうでもない。2020年のコロナ禍での前年比マイナス6.2%と大幅に落ち込んだ後からの回復も遅い。2021年は1.5%、2022年は2.5%、2023年は1.9%であり、マレーシアなど比較的経済水準が近い国と比べても低いと言わざるを得ない。

タイ経済の課題は家計債務だけではないものの、家計債務が中長期で積み上がっていることはリスクとして認識した上で、マクロ経済を観察する必要があるだろう。


出所)NESDC; Bank of Thailand/Statistaより筆者作成

*2024年8月28日脱稿

プロフィール

川端 隆史 かわばたたかし

EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社
ストラテジー/インテリジェンスユニット シニアマネージャー

外交官×エコノミストの経験を活かし、現地・現場主義にこだわった情報発信が特徴。主な研究テーマは東南アジアなど新興国マクロ政治経済、地政学、アジア財閥ビジネスの変容とグローバル化、イスラム経済、医療・ヘルスケア産業、スタートアップエコシステム、テロ対策・危機管理。

1999年に東京外国語大学東南アジア課程を卒業後、外務省で在マレーシア日本国大使館や国際情報統括官組織等に勤務し、東南アジア情勢の分析を中心に外交実務を担当。2010年、SMBC日興証券に転じ、金融経済調査部ASEAN担当シニアエコノミストとして国内外の機関投資家、事業会社への情報提供に従事。

2015年、ユーザベースグループのNewsPicks編集部に参画し、2016年からユーザベースのシンガポール拠点に出向、チーフアジアエコノミスト。2020年から2023年まで米国リスクコンサルティングファームのシンガポール支社Kroll Associates (S) Pte Ltdで地政学リスク評価、非財務・法務のビジネスデューデリジェンスを手がけた。

2023年にEYストラテジー・アンド・コンサルティングのインテリジェンスユニット・シニアマネージャーとしてビジネスインテリジェンスの強化を手がけた後、2024年4月よりITデバイス&SaaSの統合管理クラウドを提供する現所属にて情報発信を担当。

共著書に「東南アジア文化事典」(2019年、丸善出版)、「ポスト・マハティール時代のマレーシア-政治と経済はどうかわったか」(2018年、アジア経済研究所)、「東南アジアのイスラーム」(2012年、東京外国語大学出版会)、「マハティール政権下のマレーシア-イスラーム先進国を目指した22年」(2006年、アジア経済研究所)。

栃木県足利市出身。NewsPicksプロピッカー、LinkedInトップボイス。
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