【~連載~川端 隆史のアジア新機軸】
第150回[中国×地政学]中国映画「ボーン・トゥ・フライ」から学ぶステルス機の戦略的意義
元外交官 × エコノミスト 川端 隆史のアジア新機軸
つい先日、日本の映画館で中国映画「ボーン・トゥ・フライ(Born to Fly)」(原題:長空之王)を鑑賞した。シンガポールでは既に昨年5月に劇場公開されている。一部には中国版トップガンとも言われているが、果たしてどうだったのだろうか。私の場合、どうしても地政学的視点で観てしまう。
悲願である第五世代のステルス機を開発するために文字通り心血を注ぐ、パイロットとエンジニアたちの物語だ。中国映画で軍事関係の題材を取り扱うため、当然、中国人民解放軍や軍用機の開発にかかわっている国営企業の協力を得ている。ステルス機にこだわる理由は軍事戦略上、非常に重要性が高いからだ。敵のレーダーや赤外線による探知が困難で、敵のレーダーや通信システムの妨害をする性能を備えている機種もある。
こうした戦略的意義の高いステルス機を保有することは抑止力にもつながる。つまり、相手国からすればステルス機の存在は、より高度な戦略が求められる。相応の軍事力を備え、かつ、戦術を立てることが求められるため、ステルス機を保有する国への攻撃を思いとどまらせる効果もある。
この映画の主題になっていたのは、第五世代ステルス戦闘機である殲-20(J-20)だった。筆者は2016年に中国珠海で行われたエアショーで殲-20を実際に見たことがある。殲-20は1990年代から開発構想が動き出し、成都航空機工業公司(CAC)が開発を担った。2011年に初飛行が成功し、2016年には実戦配備が最低限可能な初期運用能力(IOC)を獲得し、2019年にはエース部隊に配備されたと報じられている。
この開発スケジュールは欧米の場合に比べてかなりハイペースだったと軍事専門家はみている。それだけ、中国が米国に対抗する軍事力を強化するために開発を急いだとも言える。ちょうど21世紀に入るタイミングから動き始めたプロジェクトであり、中国の経済力が向上し、米国とのバランスが射程に入り始めた頃だ。
「ボーン・トゥ・フライ」はエンターテイメントとしても楽しめた。主演のワン・イーボー(王一博)は中韓ボーイズグループUNIQで活躍しダンスに定評があり、歌手やバラエティ番組で活躍しつつ、最近は映像作品で演技力の評価が上がっているタレントだ。また、女性軍医を演じるのはチョウ・ドンユィ(周冬雨)で、「13億人の妹」とも呼ばれ人気と実力を兼ね備えた中国人女優だ。
ステルス機のダイナミックな飛行映像も圧巻である。アジアの地政学を考える手がかりとしても、娯楽作品としても、機会があれば是非、鑑賞してもらいたい作品だ。
*2024年7月10日脱稿
プロフィール
川端 隆史 かわばたたかし
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社
ストラテジー/インテリジェンスユニット シニアマネージャー
外交官×エコノミストの経験を活かし、現地・現場主義にこだわった情報発信が特徴。主な研究テーマは東南アジアなど新興国マクロ政治経済、地政学、アジア財閥ビジネスの変容とグローバル化、イスラム経済、医療・ヘルスケア産業、スタートアップエコシステム、テロ対策・危機管理。
1999年に東京外国語大学東南アジア課程を卒業後、外務省で在マレーシア日本国大使館や国際情報統括官組織等に勤務し、東南アジア情勢の分析を中心に外交実務を担当。2010年、SMBC日興証券に転じ、金融経済調査部ASEAN担当シニアエコノミストとして国内外の機関投資家、事業会社への情報提供に従事。
2015年、ユーザベースグループのNewsPicks編集部に参画し、2016年からユーザベースのシンガポール拠点に出向、チーフアジアエコノミスト。2020年から2023年まで米国リスクコンサルティングファームのシンガポール支社Kroll Associates (S) Pte Ltdで地政学リスク評価、非財務・法務のビジネスデューデリジェンスを手がけた。
2023年にEYストラテジー・アンド・コンサルティングのインテリジェンスユニット・シニアマネージャーとしてビジネスインテリジェンスの強化を手がけた後、2024年4月よりITデバイス&SaaSの統合管理クラウドを提供する現所属にて情報発信を担当。
共著書に「東南アジア文化事典」(2019年、丸善出版)、「ポスト・マハティール時代のマレーシア-政治と経済はどうかわったか」(2018年、アジア経済研究所)、「東南アジアのイスラーム」(2012年、東京外国語大学出版会)、「マハティール政権下のマレーシア-イスラーム先進国を目指した22年」(2006年、アジア経済研究所)。
栃木県足利市出身。NewsPicksプロピッカー、LinkedInトップボイス。
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