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第146回[ミャンマー×内政]増え続けるミャンマーの国内避難民は280万人、年内には300万人を超える見通し

【~連載~川端 隆史のアジア新機軸】
第146回[ミャンマー×内政]増え続けるミャンマーの国内避難民は280万人、年内には300万人を超える見通し

元外交官 × エコノミスト 川端 隆史のアジア新機軸

IDPという言葉をご存じだろうか。今のミャンマーを理解するために重要な言葉であり、Internally Displaced Personsの略である。日本語では「国内避難民」と訳されることが多い。いわゆる「難民」のRefugeeとは概念が異なる。Refugeeは外国に逃れる人たちであるが、IDPは国境を越えずに元々住んでいた場所から国内の他の場所に避難する人たちである。

国連人権委員会の『国内強制移動に関する指導原則』によれば、IDPが避難する理由としては、武力紛争、一般化した暴力、人権侵害、自然または人為的災害の影響が挙げられている。IDPはミャンマーだけでなく、スーダンなどでも使われてきた言葉だ。

国連難民高等弁務官事務所は、毎月、ミャンマーのIDPの状況についてデータと報告をWEBサイトで公開している。5月27日付けの最新報告は、280万4700人がIDP、6万3900人が国境を越えてバングラデシュやタイに避難する人々がいるとした。2021年2月のクーデター時点をゼロとして捉えているので、過去2年半弱の純増数となる。IDPの数は右肩上がりが続いている。2022年9月に100万人を突破して増加し続け、2023年12月は戦闘が特に激しくなったため、11月の180万人台から230万人台へと急増した。その後も増え続けて、5月時点の280万人へと至った。

ヤンゴンに外国人として住んでいるとIDPを見ることはなく、地方の避難民の存在を感じることはほとんどないだろう。IDPが発生しているのは国軍と民族武装組織(EAOs)や反軍政の武装組織が衝突している地方や農村部が中心だからだ。特に北部や国境地帯方面に多い。

最も多いのは北部のサガイン管区で、5月27日に123万3400人と総数の4割ほどに達している。次いで多いのが西部でロヒンギャが多く住むラカイン州の34万5900人である。その次は南東部でマグウェイ管区24万300人、カイン州22万9200人、バゴー管区20万900人・・・と続く。

ミャンマーは、筆者が個人的に好きな国の一つだ。以前の軍政下時代から交流のあったミャンマー人がいるし、2011年の民主化後移行は何度か現地にも赴く機会があった。仕事上ではミャンマーを集中的に扱っていた時期もある。また、「内戦状況」というメディアの見出しにも違和感を抱くし、「問題ない」という評価にも違和感を抱く。誰が、どこをみて語っているのかによるだろう。

ただ、UNHCRの統計から言えることは、国内で住み慣れた土地を強制的に追いやられてしまった人たちが280万人もいることだ。IDPが減る要素はみられない。数ヶ月以内には300万人を超えるだろう。国際的な人道団体は軍政に対する避難を続けているが、その理由の一つがIDPの増加だ。こうした事実にも目を向けながらミャンマー情勢を見守っていく必要があるだろう。

         

*2024年6月5日脱稿

プロフィール

川端 隆史 かわばたたかし

EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社
ストラテジー/インテリジェンスユニット シニアマネージャー

外交官×エコノミストの経験を活かし、現地・現場主義にこだわった情報発信が特徴。主な研究テーマは東南アジアなど新興国マクロ政治経済、地政学、アジア財閥ビジネスの変容とグローバル化、イスラム経済、医療・ヘルスケア産業、スタートアップエコシステム、テロ対策・危機管理。

1999年に東京外国語大学東南アジア課程を卒業後、外務省で在マレーシア日本国大使館や国際情報統括官組織等に勤務し、東南アジア情勢の分析を中心に外交実務を担当。2010年、SMBC日興証券に転じ、金融経済調査部ASEAN担当シニアエコノミストとして国内外の機関投資家、事業会社への情報提供に従事。

2015年、ユーザベースグループのNewsPicks編集部に参画し、2016年からユーザベースのシンガポール拠点に出向、チーフアジアエコノミスト。2020年から2023年まで米国リスクコンサルティングファームのシンガポール支社Kroll Associates (S) Pte Ltdで地政学リスク評価、非財務・法務のビジネスデューデリジェンスを手がけた。

2023年にEYストラテジー・アンド・コンサルティングのインテリジェンスユニット・シニアマネージャーとしてビジネスインテリジェンスの強化を手がけた後、2024年4月よりITデバイス&SaaSの統合管理クラウドを提供する現所属にて情報発信を担当。

共著書に「東南アジア文化事典」(2019年、丸善出版)、「ポスト・マハティール時代のマレーシア-政治と経済はどうかわったか」(2018年、アジア経済研究所)、「東南アジアのイスラーム」(2012年、東京外国語大学出版会)、「マハティール政権下のマレーシア-イスラーム先進国を目指した22年」(2006年、アジア経済研究所)。

栃木県足利市出身。NewsPicksプロピッカー、LinkedInトップボイス。
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