【~連載~川端 隆史のアジア新機軸】
第145回[シンガポール×産業]シンガポールにおける製造業の位置づけを再確認する
元外交官 × エコノミスト 川端 隆史のアジア新機軸
シンガポールはアジアの金融ハブや国際金融都市という表現をよく耳にする。確かに、シンガポールが現在の経済的な地位を築いたのは、金融システムの発展と安定が大きく貢献している。フィンテックの発展はめざましい。シンガポールに住んでいると金融機関の利便性を日々感じる人が多いだろう。
一方で、シンガポール経済を見る上でしっかり見ておいて欲しいのは製造業だ。東京23区ほどの大きさで、人口は590万人(2023年6月末時点)という都市国家であるため、製造業の存在にはあまり注意が払われていない印象がある。
しかし、国民総生産(GDP)の構成をみてみると、製造業が重要な存在であることが分かる。2023年のデータをみると、最も大きかったのが22.3%で卸売りである。そして、2番目に18.6%で製造業が位置する。そして、金融・保険は13.8%と3番目の規模である。日常生活での存在感や、報道で目にする情報からみれば、シンガポールと言えば金融というイメージがつくられているが、経済データをみれば金融よりも、卸売りや製造業の存在が大きいことが分かる。
長期のデータでみると、製造業がピークだったのは2005年の27%である。それに比べると2023年の18.6%は減っているものの、依然として大きな存在だと言えるだろう。製造業は相対的に小さくなったが、全体をみると各分野とも一定の割合がある。シンガポールの産業構造は多様化したと言える。
シンガポールの製造業の中心はエレクトロニクスであり、次いで化学となっている。エレクトロニクスは半導体関連や高級家電など付加価値の高い製品を製造していることが大きい。足元では半導体投資が一服しているが、今後も地政学リスクを背景とした製造業のサプライチェーンシフトの動きがある中、シンガポールの製造業は一定の重要性を維持するだろう。また、化学についても、海上交通の要衝という地位を生かしている。今後は、バイオ産業といった新しい製造業の存在感が高まることが予想される。
今回は、知っている人には知っている話だったかもしれない。ただ、一般的な情報の動きをみていると、シンガポールの製造業についてあまり語られていないという印象が拭えない。やはりデータに立ち戻り、客観的に見た上で実像を把握していくことが大切だろう。
シンガポールにおける各部門別国内総生産(GDP)の割合(2023年)
*2024年5月29日脱稿
プロフィール
川端 隆史 かわばたたかし
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社
ストラテジー/インテリジェンスユニット シニアマネージャー
外交官×エコノミストの経験を活かし、現地・現場主義にこだわった情報発信が特徴。主な研究テーマは東南アジアなど新興国マクロ政治経済、地政学、アジア財閥ビジネスの変容とグローバル化、イスラム経済、医療・ヘルスケア産業、スタートアップエコシステム、テロ対策・危機管理。
1999年に東京外国語大学東南アジア課程を卒業後、外務省で在マレーシア日本国大使館や国際情報統括官組織等に勤務し、東南アジア情勢の分析を中心に外交実務を担当。2010年、SMBC日興証券に転じ、金融経済調査部ASEAN担当シニアエコノミストとして国内外の機関投資家、事業会社への情報提供に従事。
2015年、ユーザベースグループのNewsPicks編集部に参画し、2016年からユーザベースのシンガポール拠点に出向、チーフアジアエコノミスト。2020年から2023年まで米国リスクコンサルティングファームのシンガポール支社Kroll Associates (S) Pte Ltdで地政学リスク評価、非財務・法務のビジネスデューデリジェンスを手がけた。
2023年にEYストラテジー・アンド・コンサルティングのインテリジェンスユニット・シニアマネージャーとしてビジネスインテリジェンスの強化を手がけた後、2024年4月よりITデバイス&SaaSの統合管理クラウドを提供する現所属にて情報発信を担当。
共著書に「東南アジア文化事典」(2019年、丸善出版)、「ポスト・マハティール時代のマレーシア-政治と経済はどうかわったか」(2018年、アジア経済研究所)、「東南アジアのイスラーム」(2012年、東京外国語大学出版会)、「マハティール政権下のマレーシア-イスラーム先進国を目指した22年」(2006年、アジア経済研究所)。
栃木県足利市出身。NewsPicksプロピッカー、LinkedInトップボイス。
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