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-第141回-[ミャンマー×ビジネス]大手外資の撤退が続く、引き続き求められる人権デューデリジェンスの視点

【~連載~川端 隆史のアジア新機軸】
-第141回-[ミャンマー×ビジネス]大手外資の撤退が続く、引き続き求められる人権デューデリジェンスの視点

元外交官 × エコノミスト 川端 隆史のアジア新機軸

ミャンマーから大手外資企業が撤退するニュースが相次いだ。4月4日には、マレーシアの通信大手アシアタ・グループは、傘下のイードットコ・グループミャンマーで展開していた通信塔事業を売却すると発表した。そして、8日には米国の石油大手のシェブロンがヤダナガス田からの撤退手続きを終えたと発表した。

ミャンマーからは既に、ノルウェー通信大手のテレノール、フランス石油大手のトタル・エナジーズ、日本のキリンなどの大手企業が撤退している。アシアタとシェブロンも、こうした動きに続いた格好だ。

周知の通り、ミャンマーでは2021年2月、軍部がクーデターを起こして文民政権から政権を奪取し、軍政が続いている。外資企業の経済活動は、経済環境の悪化だけでなく、人権問題の観点からも難しい舵取りを求められてきた。

つまり、企業活動が軍部の活動資金源につながったり、軍事独裁政権による民衆に対する抑圧手段となったりする可能性のある事業は、国際的な人権団体からの批判に晒されるリスクを抱えるようになった。こうした批判の声が大きくなれば、企業のブランド既存につながり、株主や消費者が離れてしまうことも想定される。

今回の2社は、撤退理由については、それぞれ異なる表現をしている。アシアタはミャンマーのマクロ経済と経営環境の悪化としたのに対して、シェブロンは人道問題を挙げた。アシアタの最大株主はマレーシアの国営投資会社カザナ・ナショナルである。

マレーシアに限らず、東南アジア諸国はミャンマーとの関係は、ASEAN(東南アジア諸国連合)加盟国という立場がある。その他、経済権益や安全保障上の関係もあり、一方的にミャンマー軍政を批判する訳ではない。一方で、欧米企業は人権問題という視点からビジネスの継続が難しいと判断するケースが続いてきた。軍政は当面は継続しそうであり、日本を含む先進国企業はビジネスと人権という視点を持ちながらミャンマーでのビジネス判断をしていく必要がある。

無論、ミャンマーでの全てのビジネスが人道上の課題があるという訳ではない。様々な自社のバリューチェーンにおける人権という視点を持ち、セルフチェックはもとより、第三者による評価を行い、気になる点があるのであれば深掘り調査も必要だ。

日本政府も2022年に「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」を導入している。日本企業にとっても、人権デューデリジェンスは引き続きミャンマーにおいては重要な論点であり続けるだろう。

ミャンマーから撤退した主要な外資大手企業(一部)

*2024年4月16日脱稿

プロフィール

川端 隆史 かわばたたかし

EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社
ストラテジー/インテリジェンスユニット シニアマネージャー

外交官×エコノミストの経験を活かし、現地・現場主義にこだわった情報発信が特徴。主な研究テーマは東南アジアなど新興国マクロ政治経済、地政学、アジア財閥ビジネスの変容とグローバル化、イスラム経済、医療・ヘルスケア産業、スタートアップエコシステム、テロ対策・危機管理。

1999年に東京外国語大学東南アジア課程を卒業後、外務省で在マレーシア日本国大使館や国際情報統括官組織等に勤務し、東南アジア情勢の分析を中心に外交実務を担当。2010年、SMBC日興証券に転じ、金融経済調査部ASEAN担当シニアエコノミストとして国内外の機関投資家、事業会社への情報提供に従事。

2015年、ユーザベースグループのNewsPicks編集部に参画し、2016年からユーザベースのシンガポール拠点に出向、チーフアジアエコノミスト。2020年から2023年まで米国リスクコンサルティングファームのシンガポール支社Kroll Associates (S) Pte Ltdで地政学リスク評価、非財務・法務のビジネスデューデリジェンスを手がけた。

2023年にEYストラテジー・アンド・コンサルティングのインテリジェンスユニット・シニアマネージャーとしてビジネスインテリジェンスの強化を手がけた後、2024年4月よりITデバイス&SaaSの統合管理クラウドを提供する現所属にて情報発信を担当。

共著書に「東南アジア文化事典」(2019年、丸善出版)、「ポスト・マハティール時代のマレーシア-政治と経済はどうかわったか」(2018年、アジア経済研究所)、「東南アジアのイスラーム」(2012年、東京外国語大学出版会)、「マハティール政権下のマレーシア-イスラーム先進国を目指した22年」(2006年、アジア経済研究所)。

栃木県足利市出身。NewsPicksプロピッカー、LinkedInトップボイス。
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