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-第140回-[シンガポール×スポーツ]シンガポールのユーラシアンたちが残してきた功績、五輪競泳金メダリストのスクーリングの引退

【~連載~川端 隆史のアジア新機軸】
-第140回-[シンガポール×スポーツ]シンガポールのユーラシアンたちが残してきた功績、五輪競泳金メダリストのスクーリングの引退

元外交官 × エコノミスト 川端 隆史のアジア新機軸

4月2日、シンガポール人初のオリンピック金メダリストのジョセフ・スクーリングが引退を表明した。スクーリングは2016年のリオデジャネイロ夏季五輪の競泳男子100mバタフライで優勝した。米国代表の強豪マイケル・フェルプス選手を破って、予想外の勝利。当時はシンガポール時間の週末の朝であり、筆者が住んでいたコンドミニアムであちこちから歓声が聞こえたのをよく覚えている。

シンガポール代表は、夏季オリンピックで過去にメダルは獲得したことはあったが、金はまだだった。しかも、花形競技の一つである競泳だったことも、シンガポール国民を沸き立たせた。国民的英雄となったスクーリングだが、その後の東京五輪では予選落ちと国際大会では結果を残せずにおり、大麻使用での謝罪といった事態もあった。それでもなお、彼が残した功績自体は高く評価されている。

スクーリングについては、もうひとつ、出自という面で注目しておきたい。彼はシンガポールでよく言われる三大民族の華人系、マレー系、インド系のどれでもない。ユーラシアンで移民第4世代にあたる。

ルーツをたどると英国とポルトガルにいきつく。スクーリングの高祖父は英国軍人であり、シンガポールでポルトガル系ユーラシアンの女性と結婚した。そうした血筋に生まれたコリン・スクーリングと華人系マレーシア人のメイとの間に生まれたのがジョセフ・スクーリングである。

ジョセフの大おじのロイド・バルベルグは、1948年のロンドン夏季五輪にマラヤ連邦下でシンガポール市民として出場し、シンガポール初のオリンピアンとなった。走り高跳びで決勝まで残り、14位の成績を収めた。ジョセフは、ロイドの存在がオリンピックを目指すきっかけになったとメディアに語っている。

シンガポールには、ユーラシアン・ヘリテージ・ギャラリーがある(139 Ceylon Rd, The Eurasian Association, Singapore 429744)。カトンとゲイランの間ぐらいに位置する。ここには、ジョセフに関する展示もあり、あまり知られていないユーラシアンたちの歴史を学ぶことができる。

ユーラシアンの人口は少ないものの、スポーツ、芸能、政治などの分野で突出した活躍を見せた人物が少なくない。シンガポールに関わるなら、ユーラシアン視点の歴史も知っておきたいところだ。ぜひ、この記事をきっかけに、ユーラシアン・ヘリテージ・ギャラリーにも足を運んで欲しいと思う。

カトンとゲイランの中間地点に位置するユーラシアン・ヘリテージ・ギャラリー(筆者撮影)

*2024年4月3日脱稿

プロフィール

川端 隆史 かわばたたかし

EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社
ストラテジー/インテリジェンスユニット シニアマネージャー

外交官×エコノミストの経験を活かし、現地・現場主義にこだわった情報発信が特徴。主な研究テーマは東南アジアなど新興国マクロ政治経済、地政学、アジア財閥ビジネスの変容とグローバル化、イスラム経済、医療・ヘルスケア産業、スタートアップエコシステム、テロ対策・危機管理。

1999年に東京外国語大学東南アジア課程を卒業後、外務省で在マレーシア日本国大使館や国際情報統括官組織等に勤務し、東南アジア情勢の分析を中心に外交実務を担当。2010年、SMBC日興証券に転じ、金融経済調査部ASEAN担当シニアエコノミストとして国内外の機関投資家、事業会社への情報提供に従事。

2015年、ユーザベースグループのNewsPicks編集部に参画し、2016年からユーザベースのシンガポール拠点に出向、チーフアジアエコノミスト。2020年から2023年まで米国リスクコンサルティングファームのシンガポール支社Kroll Associates (S) Pte Ltdで地政学リスク評価、非財務・法務のビジネスデューデリジェンスを手がけた。

2023年にEYストラテジー・アンド・コンサルティングのインテリジェンスユニット・シニアマネージャーとしてビジネスインテリジェンスの強化を手がけた後、2024年4月よりITデバイス&SaaSの統合管理クラウドを提供する現所属にて情報発信を担当。

共著書に「東南アジア文化事典」(2019年、丸善出版)、「ポスト・マハティール時代のマレーシア-政治と経済はどうかわったか」(2018年、アジア経済研究所)、「東南アジアのイスラーム」(2012年、東京外国語大学出版会)、「マハティール政権下のマレーシア-イスラーム先進国を目指した22年」(2006年、アジア経済研究所)。

栃木県足利市出身。NewsPicksプロピッカー、LinkedInトップボイス。
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