【~連載~川端 隆史のアジア新機軸】
-第139回-[米国×アジア]経済安全保障の視点からベトナムとの「フレンドショアリング」に向けて動く米国
元外交官 × エコノミスト 川端 隆史のアジア新機軸
3月18日から21日、米国ASEANビジネス協議体(USABC)の加盟企業がベトナムの首都ハノイを訪問し、ベトナム政府関係や現地企業関係者と会談をもった。参加企業にはボーイング、メタなどの米国を代表する名前が連なった。本件に関して3月19日付け日本経済新聞電子版のハノイ発の記事は、「フレンドショアリング(friendshoring)」の視点からも報じている。
フレンドショアリングについては、2023年11月17日付けロイター通信の記事が「フレンドショアリングは、企業が事業拠点を置く国と同盟関係や友好関係にある国に限定してサプライチェーン(供給網)を構築すること」と分かりやすく解説している。自国と地理的に近い国に生産拠点を移す「ニアショアリング(nearshoring)」は進み、ごく一般化している。例えば米国企業がメキシコに生産拠点を設ける場合だ。
ベトナムと米国の関係は、かつてはベトナム戦争(1965〜75年)で一戦を交えたが、近年は緊密化している。とりわけ、2023年9月10日に米国ホワイトハウスは、ベトナムを外交関係として最上位となる「包括的戦略的パートナーシップ」とすると発表している。
「フレンドショアリング」は「ニアショアリング」のような地理的な近接性ではなく、国同士の関係性、つまり国際政治的な要素が含まれている点がポイントだ。比較的最近に登場した概念で、米国の政策上の動きとしては2022年後半ごろから米国政府要人が公開の場で言及するようになった。
背景には、米中関係の緊張やロシアによるウクライナ侵攻といった地政学リスクがサプライチェーンに影響を与えており、地理的に近い「ニア」な国だけでなく、遠くとも「フレンド」の国で安定的なサプライチェーンを組んだ方が経済安全保障上の利益や安定につながるといいう考えが影響している。
他方、米国からベトナムへの投資は、まだ大きな金額ではない。前出の日経新聞の記事は「ベトナム外国投資庁によると、23年の米国によるベトナムへの直接投資額は認可額ベースで6億2600万ドル(約940億円)だった。中国(香港を含む)やシンガポール、日本の10分の1以下にとどまる」と指摘している。
今回の米国企業のベトナム訪問が、今後の投資増加につながるのか、「フレンドショアリング」の強化が加速するのか。両国の関係の屋台骨ともなる可能性があり、注目しておきたい。
*2024年3月26日脱稿
プロフィール
川端 隆史 かわばたたかし
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社
ストラテジー/インテリジェンスユニット シニアマネージャー
外交官×エコノミストの経験を活かし、現地・現場主義にこだわった情報発信が特徴。主な研究テーマは東南アジアなど新興国マクロ政治経済、地政学、アジア財閥ビジネスの変容とグローバル化、イスラム経済、医療・ヘルスケア産業、スタートアップエコシステム、テロ対策・危機管理。
1999年に東京外国語大学東南アジア課程を卒業後、外務省で在マレーシア日本国大使館や国際情報統括官組織等に勤務し、東南アジア情勢の分析を中心に外交実務を担当。2010年、SMBC日興証券に転じ、金融経済調査部ASEAN担当シニアエコノミストとして国内外の機関投資家、事業会社への情報提供に従事。
2015年、ユーザベースグループのNewsPicks編集部に参画し、2016年からユーザベースのシンガポール拠点に出向、チーフアジアエコノミスト。2020年から2023年まで米国リスクコンサルティングファームのシンガポール支社Kroll Associates (S) Pte Ltdで地政学リスク評価、非財務・法務のビジネスデューデリジェンスを手がけた。2023年4月より現職、対外情報発信やビジネスインテリジェンスの強化等に従事。
共著書に「東南アジア文化事典」(2019年、丸善出版)、「ポスト・マハティール時代のマレーシア-政治と経済はどうかわったか」(2018年、アジア経済研究所)、「東南アジアのイスラーム」(2012年、東京外国語大学出版会)、「マハティール政権下のマレーシア-イスラーム先進国を目指した22年」(2006年、アジア経済研究所)。
栃木県足利市出身。NewsPicksプロピッカー、LinkedInトップボイス。
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