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-第138回-[マレーシア×歴史]「新村(ニュービレッジ)」の世界遺産登録をめぐる議論から見えるマレーシアの民族意識

【~連載~川端 隆史のアジア新機軸】
-第138回-[マレーシア×歴史]「新村(ニュービレッジ)」の世界遺産登録をめぐる議論から見えるマレーシアの民族意識

元外交官 × エコノミスト 川端 隆史のアジア新機軸

マレーシアでの「新村(ニュービレッジ)」のUNESCO世界遺産登録を巡り、議論が起こっている。マレーシアの「新村」は、マレーシア史、特に華人社会の歴史を理解する上で重要な存在である。

ただ、その割には、研究者は多くなく、日本語のメディア報道に載ることは稀なため、あまり知られていないように感じている。この動きについては、3月18日付けのシンガポール紙The Straits Times(ST)電子版でクアラルンプール特派員のAzril Annuar記者が”Why an idea to nominate Chinese new villages as a Unesco site got Malaysians riled up”という良記事を配信しているので関心のある読者は、是非、読んで頂きたい。

そもそも、「新村」とは、1949年から1950年代のマラヤの地方部で作られた華人系住民の村落である。ただ、これは自然発生的に作られたのではなく、強制的に形成され、今なお影響が残っている点が重要だ。

なぜ作られたかというと、1948年のマラヤ共産党の蜂起に対して、英国が非常事態宣言を発して鎮圧にあったことが背景にある。華人系住民が共産党の支援にまわらないようにすることが目的であった。631カ所の「新村」が形成され、数十万人が強制的に移住させられたことが判明している。

そして、現在も少なくない数の新村が残っている。前掲のST記事では、セランゴール州にあるスンガイ・ウェイが取り上げられている。現在の新村は所得が低い地域が多い。共産党への加担することを防止するために、経済活動や移動が大幅に制限されたため、当初の移住者は低所得に悩まされ、その状況が現在にも残っているということだ。

世界遺産登録に賛成する地元村長は、マレーシアの歴史の一部であり、「新村」が歩んできた厳しい歴史を保存することになり、観光地となれば保全のための資金源ともなると述べている。また、華人系政治家はマレーシアにおける華人社会の歴史を保全することができ、観光を通じて理解を促すことができるとして賛成の意見を表明している。

一方で、マレー系野党議員は「新村」が世界遺産に認定されると、「先住民」の一つとして認められる余地が生まれてしまい、マレー人の権利への挑戦となり得るとして、むしろ、ツインタワーちかくにあるマレー系中心の「カンポンバル」の方が世界遺産に適切だと主張している。

今後、どのような形で落ち着いていくのか、まだ予断ができない。いずれにせよ、「新村」の存在はマレーシア史において忘却されてはならないものであり、これを機にその歴史と課題が広く知られることを望みたい。

*2024年3月19日脱稿

プロフィール

川端 隆史 かわばたたかし

EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社
ストラテジー/インテリジェンスユニット シニアマネージャー

外交官×エコノミストの経験を活かし、現地・現場主義にこだわった情報発信が特徴。主な研究テーマは東南アジアなど新興国マクロ政治経済、地政学、アジア財閥ビジネスの変容とグローバル化、イスラム経済、医療・ヘルスケア産業、スタートアップエコシステム、テロ対策・危機管理。

1999年に東京外国語大学東南アジア課程を卒業後、外務省で在マレーシア日本国大使館や国際情報統括官組織等に勤務し、東南アジア情勢の分析を中心に外交実務を担当。2010年、SMBC日興証券に転じ、金融経済調査部ASEAN担当シニアエコノミストとして国内外の機関投資家、事業会社への情報提供に従事。

2015年、ユーザベースグループのNewsPicks編集部に参画し、2016年からユーザベースのシンガポール拠点に出向、チーフアジアエコノミスト。2020年から2023年まで米国リスクコンサルティングファームのシンガポール支社Kroll Associates (S) Pte Ltdで地政学リスク評価、非財務・法務のビジネスデューデリジェンスを手がけた。2023年4月より現職、対外情報発信やビジネスインテリジェンスの強化等に従事。

共著書に「東南アジア文化事典」(2019年、丸善出版)、「ポスト・マハティール時代のマレーシア-政治と経済はどうかわったか」(2018年、アジア経済研究所)、「東南アジアのイスラーム」(2012年、東京外国語大学出版会)、「マハティール政権下のマレーシア-イスラーム先進国を目指した22年」(2006年、アジア経済研究所)。

栃木県足利市出身。NewsPicksプロピッカー、LinkedInトップボイス。
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