【~連載~川端 隆史のアジア新機軸】 -第122回- [コメ市場×インド]インドの内政事情と国際コメ価格の深い関係。タイ経由で大きな影響
元外交官 × エコノミスト 川端 隆史のアジア新機軸
インド政府が7月20日、バスマティ種など一部を除いて、コメの輸出を取りやめる措置に踏み切った。この措置は、国際コメ価格の高騰となってグローバルマーケットに波及している。
コメ大国のはずのタイでも市場の混乱が報じられている。8月13日付けNikkei Asiaは、「国内精米価格は8月上旬、1トン2万1000バーツ(約8万7000円)と、数週間前の同1万7000バーツ前後から2割近く跳ね上がり、(中略)輸出価格も5%上昇し、1トンあたり610ドル(約8万8000円)と11年ぶりの高値をつけている」と報じた。タイのコメ価格は国際的に非常に重要だ。というのも、国際コメ価格はバンコクから輸出される精米価格が基準となるからだ(8月4日付け日本農業新聞電子版)。
タイはコメ大国だから大丈夫ではないか、と感じる読者も少なくないだろう。しかし、図版の通り、コメの世界最大の輸出国はインドであり、2位のタイを大きく引き離している。生産国としても、インドは中国に次いで世界2位である。主要供給国のインドが輸出を絞れば、国際市場に出回るコメが減ってしまうため、タイの業者が今後の供給不足のリスクを懸念して買い占めに走ったり、価格高騰を期待して売り渋ったりしていると冒頭に引用したNikkei Asiaは報じている。かつ、今年は降雨量不足でタイのコメ生産にも影響が出ている模様だ。
インドがコメの輸出制限に踏み切ったのは、国内のインフレ対策が指摘されている。雨量不足の影響も懸念されている。そして、内政も影響している。インドでは2024年上期中に総選挙が行われる見通しだ。インドの実質GDP成長率の2023年1-3月期は、前年同期比でプラス6.1%の伸びと好調な水準に達した。
しかし、今年5月10日に行われたカルナタカ州議会選挙では、モディ首相が率いる与党・インド人民党(BJP)は大敗を喫した。来年の総選挙に向けて、BJPはインフレやコメ不足で足元の景気回復基調に水を差されたくないだろう。インド内政の事情が発端となり、タイを経由して国際コメ価格に影響が及んだという格好だ。コメ価格が高騰すれば食糧価格全般への影響も懸念される。インド発のコメ相場への影響は、タイの動きも合わせて、当面は要観察としておきたい。
主なコメ生産国と生産量
主なコメ輸出国と輸出量
*2023年8月30日脱稿
プロフィール
川端 隆史 かわばたたかし
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社
ストラテジー/インテリジェンスユニット シニアマネージャー
外交官×エコノミストの経験を活かし、現地・現場主義にこだわった情報発信が特徴。主な研究テーマは東南アジアなど新興国マクロ政治経済、地政学、アジア財閥ビジネスの変容とグローバル化、イスラム経済、医療・ヘルスケア産業、スタートアップエコシステム、テロ対策・危機管理。
1999年に東京外国語大学東南アジア課程を卒業後、外務省で在マレーシア日本国大使館や国際情報統括官組織等に勤務し、東南アジア情勢の分析を中心に外交実務を担当。2010年、SMBC日興証券に転じ、金融経済調査部ASEAN担当シニアエコノミストとして国内外の機関投資家、事業会社への情報提供に従事。
2015年、ユーザベースグループのNewsPicks編集部に参画し、2016年からユーザベースのシンガポール拠点に出向、チーフアジアエコノミスト。2020年から2023年まで米国リスクコンサルティングファームのシンガポール支社Kroll Associates (S) Pte Ltdで地政学リスク評価、非財務・法務のビジネスデューデリジェンスを手がけた。2023年4月より現職、対外情報発信やビジネスインテリジェンスの強化等に従事。
共著書に「東南アジア文化事典」(2019年、丸善出版)、「ポスト・マハティール時代のマレーシア-政治と経済はどうかわったか」(2018年、アジア経済研究所)、「東南アジアのイスラーム」(2012年、東京外国語大学出版会)、「マハティール政権下のマレーシア-イスラーム先進国を目指した22年」(2006年、アジア経済研究所)。
栃木県足利市出身。NewsPicksプロピッカー、LinkedInトップボイス。
SNSリンクはこちら