HOMEコラム【~連載~川端 隆史のアジア新機軸】 -第120回- [ミャンマー×政治] 軍政当局が非常事態宣言を延期、スーチー氏を減刑した意図を探る

【~連載~川端 隆史のアジア新機軸】 -第120回- [ミャンマー×政治] 軍政当局が非常事態宣言を延期、スーチー氏を減刑した意図を探る

元外交官 × エコノミスト 川端 隆史のアジア新機軸

ミャンマーではクーデターが発生して2年半が経過した。本来ならば今頃、総選挙に向けて動いているはずだった。2021年2月1日にミャンマー軍がクーデターを起こして全権を掌握した後、非常事態宣言を発した。

ミャンマー憲法は、非常事態宣言は最大で2年間まで、終了後には半年以内に選挙を実施するよう要請している。しかし、軍政当局は今年1月末、そして7月末と非常事態宣言を延長した。憲法と矛盾しないのだろうか。

憲法は非常事態宣言について、「通常、同期間を1回につき6カ月間2回まで延長することができる」と規定しているが、軍政当局は、「通常」の状況ではないと解釈している。今のミャンマーでは地方での武装蜂起や民主化勢力(軍はテロリストと呼称)による武装した抵抗運動があることが根拠とされている。状況が変わらなければ、当面の間、非常事態宣言が解除される可能性は低いだろう。

もう一つ、注目したい動きがある。クーデター前まで国家顧問で国の実質的なトップだったアウンサンスーチー氏が独房から刑務所外(副大臣官舎と報じられている)に移送され、減刑された動きだ。

これまで、スーチー氏に対しては汚職など19の罪で計33年の懲役・禁固刑が言い渡されている。8月1日に軍政当局は、5つの刑に対して恩赦として6年間の減刑とした。現在、78歳のスーチー氏にとって27年の刑に服すれば、105歳に達する。タフなスーチー氏だが、ミャンマー人女性の平均寿命69歳を上回っている。世界でも100歳を超える人たちは57万人程度と言われている。

そうしたなか、スーチー氏が刑務外に移送されたことは重要だ。軍政当局は、高齢のスーチー氏が獄中で体調が悪化したり、最悪の場合は亡くなってしまったりという事態を避けたいだろう。スーチー氏に対するシンパシーや神格化が生じる可能性があるからだ。今後の軍政は、ミャンマーを概ねコントロール下に置いた判断するタイミングが近づくなか、スーチー氏に対するさらなる減刑を実施したり、自宅軟禁へと移したりするのではないだろうか。

しかし、短期的に軍政が瓦解する兆しはない。かなりの時間をかけてタイのように民政移管選挙を行うことは選択肢だろう。ただ、これが何年後になるのか、という明確な回答は、今、筆者は持ち合わせていない。

アウンサンスーチー氏

写真:Wikimedia Commons/Claude TRUONG-NGOC

*2023年8月2日脱稿

プロフィール

川端 隆史 かわばたたかし

EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社
ストラテジー/インテリジェンスユニット シニアマネージャー

外交官×エコノミストの経験を活かし、現地・現場主義にこだわった情報発信が特徴。主な研究テーマは東南アジアなど新興国マクロ政治経済、地政学、アジア財閥ビジネスの変容とグローバル化、イスラム経済、医療・ヘルスケア産業、スタートアップエコシステム、テロ対策・危機管理。

1999年に東京外国語大学東南アジア課程を卒業後、外務省で在マレーシア日本国大使館や国際情報統括官組織等に勤務し、東南アジア情勢の分析を中心に外交実務を担当。2010年、SMBC日興証券に転じ、金融経済調査部ASEAN担当シニアエコノミストとして国内外の機関投資家、事業会社への情報提供に従事。

2015年、ユーザベースグループのNewsPicks編集部に参画し、2016年からユーザベースのシンガポール拠点に出向、チーフアジアエコノミスト。2020年から2023年まで米国リスクコンサルティングファームのシンガポール支社Kroll Associates (S) Pte Ltdで地政学リスク評価、非財務・法務のビジネスデューデリジェンスを手がけた。2023年4月より現職、対外情報発信やビジネスインテリジェンスの強化等に従事。

共著書に「東南アジア文化事典」(2019年、丸善出版)、「ポスト・マハティール時代のマレーシア-政治と経済はどうかわったか」(2018年、アジア経済研究所)、「東南アジアのイスラーム」(2012年、東京外国語大学出版会)、「マハティール政権下のマレーシア-イスラーム先進国を目指した22年」(2006年、アジア経済研究所)。

栃木県足利市出身。NewsPicksプロピッカー、LinkedInトップボイス。
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