【~連載~川端 隆史のアジア新機軸】 -第109回- [タイ×政治]タイ総選挙:タクシン派が優勢なるも、タクシン氏次女の首相選出に高いハードル
元外交官 × エコノミスト 川端 隆史のアジア新機軸
今、タイは総選挙に向けた闘いが繰り広げられている。今年3月20日に下院が解散され、4月3日に候補者の届け出が始まり、5月14日に投票日を迎える。今、政権与党は「国民国家の力党」(力党)だが、プラユット首相は同党を見限り、2022年末に新党の「タイ団結国家建設党」(団結党)に合流した。
今年1月に行われた団結党の集会では、プラユット首相の再任を目指すと支持者らが気勢を上げた。プラユット首相は2014年、国軍によるクーデターを主導して暫定首相に就任し、2019年の民政回復選挙では力党に推されて首相に就任した。しかし、最近の力党は、国民からの支持が得られず、求心力を失ったため、プラユット首相は新党へと鞍替えを決めて、首相再任を目指すこととした。
一方、最近の世論調査は、次期首相として人気ナンバーワンは最大野党「タイ貢献党」(貢献党)のペートンタン党首との結果を示した。同党首は、2001年から06年まで首相を務めたタクシン氏の次女である。過去約20年のタイ政治は、タクシン氏の流れをくむタクシン派と、貴族出身者や国軍など旧来型支配層を中心とした反タクシン派の対立を中心に展開してきた。
これまで、概ねタクシン派が強く、タクシン氏の妹のインラック氏を含めて首相を輩出してきたが、2014年のクーデターの他、司法がタクシン派政党の解党や首相の地位に対する違憲判決を出し、選挙以外の手段で反タクシン派が対抗してきた。現政権をめぐって争われた2019年選挙でも勝利したのも、タクシン派の貢献党であった。
しかし、首相は反タクシン派のプラユット氏が首相に就任した。それは、上下両院議員750人が合同で行う首班指名のプロセスにからくりがある。総選挙で争われる下院議席は500で、民意が反映されやすい。一方、上院の250人は全員が軍事政権時代に任命され、2024年までの任期がある。つまり、反タクシン派にとっては、750票のうち、250は親軍の上院を確保済みのため、残る126票だけを下院で確保すれば良い。
反対に、タクシン派は下院だけで過半数となる376議席を獲得する必要があるが、中小政党が乱立するタイでは至難だ。今回の世論調査ではタクシン派が有利であるものの、貢献党のペートンタン党首が首相に就任するには、首班指名という高いハードルが存在するのだ。
タイ貢献党のペートンタン党首は世論調査で次期首相候補として人気1位を獲得。タクシン元首相の次女
(出所:Wikimedia Commons/Rich News, ライセンス:CC BY 3.0)
*2023年4月18日脱稿
プロフィール
川端 隆史 かわばたたかし
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社
ストラテジー/インテリジェンスユニット シニアマネージャー
外交官×エコノミストの経験を活かし、現地・現場主義にこだわった情報発信が特徴。主な研究テーマは東南アジアなど新興国マクロ政治経済、地政学、アジア財閥ビジネスの変容とグローバル化、イスラム経済、医療・ヘルスケア産業、スタートアップエコシステム、テロ対策・危機管理。
1999年に東京外国語大学東南アジア課程を卒業後、外務省で在マレーシア日本国大使館や国際情報統括官組織等に勤務し、東南アジア情勢の分析を中心に外交実務を担当。2010年、SMBC日興証券に転じ、金融経済調査部ASEAN担当シニアエコノミストとして国内外の機関投資家、事業会社への情報提供に従事。
2015年、ユーザベースグループのNewsPicks編集部に参画し、2016年からユーザベースのシンガポール拠点に出向、チーフアジアエコノミスト。2020年から2023年まで米国リスクコンサルティングファームのシンガポール支社Kroll Associates (S) Pte Ltdで地政学リスク評価、非財務・法務のビジネスデューデリジェンスを手がけた。2023年4月より現職、対外情報発信やビジネスインテリジェンスの強化等に従事。
共著書に「東南アジア文化事典」(2019年、丸善出版)、「ポスト・マハティール時代のマレーシア-政治と経済はどうかわったか」(2018年、アジア経済研究所)、「東南アジアのイスラーム」(2012年、東京外国語大学出版会)、「マハティール政権下のマレーシア-イスラーム先進国を目指した22年」(2006年、アジア経済研究所)。
栃木県足利市出身。NewsPicksプロピッカー、LinkedInトップボイス。
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