HOMEコラム【~連載~川端 隆史のアジア新機軸】-第107回- [アジア・ハブ都市×インフレ]インフレ動向は香港とシンガポールの地位の変化を象徴するのか。

【~連載~川端 隆史のアジア新機軸】-第107回- [アジア・ハブ都市×インフレ]インフレ動向は香港とシンガポールの地位の変化を象徴するのか。

元外交官 × エコノミスト 川端 隆史のアジア新機軸

香港とシンガポールと言えば、アジアの金融ハブとしてよく比較されることがある。もちろん、すぐ裏手に中国本土がある香港とASEANの真ん中にあるシンガポールでは、様々な条件が異なり一概には比較できない。とはいえ、アジアにおける国際金融やファミリオーオフィスの動きについては、アジアではこの2都市が突出していることは確かだ。

今、この2都市のインフレ率(消費者物価指数CPIの伸び率)が対照的な動きであることが話題になっている。直近のデータとして今年2月は、シンガポールでは前年同月比プラス6.3%だった。これに対して、香港はわずか同プラス1.7%にとどまっている。こうした動きをもって、シンガポールへの期待感を高める向きもある。

むろん、インフレ率は、スナップショット的に切り取って論じても意味が無い。2022年3月から1年間を見てみよう。シンガポールは2022年3月の同プラス5.4%からインフレの加速が続き、同年6月には6%を越えて、2022年8月と9月に同プラス7.5%をピークに達した。同年10月になると7%台を切るが直近の2023年2月に至るまで、6%台の半ばから後半で推移している。

一方で香港は、2022年9月に同プラス4.4%と加速したことを除けば、1%台前半から2%台半ばまでの推移にとどまっている。

インフレの加速は、目先だけでみれば物価の上昇となり、生活に打撃が生じうるが、経済の基礎条件が良い状況のなかで生じるインフレは、経済成長を反映していることを意味する。インフレは需要が強くなれば加速する(逆に何らかの理由で供給が先細れば需要は変わらないのにインフレが加速する。これは経済にとって望ましい状況ではない)。需要は経済成長の最も基本的な要素でもある。

香港のインフレ率が低い理由の一つとして、中国本土および香港では、新型コロナ対策が厳格に行われた期間が長いことが挙げられるだろう。人々の行動が抑制されれば、消費行動は低調となり、需要は弱含んだままだ。シンガポールはより早い段階で経済を開放したことが効いているとみられる。

今後、香港は力強い需要回復を示し、インフレが加速するのだろうか。シンガポールはインフレが経済活動を損なわずに制御しつつ、順調に経済を回せるのか。このライバル2都市のインフレ動向は、地位の変化を象徴しているのだろうか。中国も香港も後発でコロナ後に入ろうとしており、景気回復はこれからだ。さらに、香港・マカオ・広東省珠江デルタを開発する大湾区構想が香港の地位を高めるかもしれない。もうしばらく見守る必要があるだろう。

シンガポールと香港のインフレ率の推移

*2023年3月28日脱稿

プロフィール

川端 隆史 かわばたたかし

EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社
ストラテジー/インテリジェンスユニット シニアマネージャー

外交官×エコノミストの経験を活かし、現地・現場主義にこだわった情報発信が特徴。主な研究テーマは東南アジアなど新興国マクロ政治経済、地政学、アジア財閥ビジネスの変容とグローバル化、イスラム経済、医療・ヘルスケア産業、スタートアップエコシステム、テロ対策・危機管理。

1999年に東京外国語大学東南アジア課程を卒業後、外務省で在マレーシア日本国大使館や国際情報統括官組織等に勤務し、東南アジア情勢の分析を中心に外交実務を担当。2010年、SMBC日興証券に転じ、金融経済調査部ASEAN担当シニアエコノミストとして国内外の機関投資家、事業会社への情報提供に従事。

2015年、ユーザベースグループのNewsPicks編集部に参画し、2016年からユーザベースのシンガポール拠点に出向、チーフアジアエコノミスト。2020年から2023年まで米国リスクコンサルティングファームのシンガポール支社Kroll Associates (S) Pte Ltdで地政学リスク評価、非財務・法務のビジネスデューデリジェンスを手がけた。2023年4月より現職、対外情報発信やビジネスインテリジェンスの強化等に従事。

共著書に「東南アジア文化事典」(2019年、丸善出版)、「ポスト・マハティール時代のマレーシア-政治と経済はどうかわったか」(2018年、アジア経済研究所)、「東南アジアのイスラーム」(2012年、東京外国語大学出版会)、「マハティール政権下のマレーシア-イスラーム先進国を目指した22年」(2006年、アジア経済研究所)。

栃木県足利市出身。NewsPicksプロピッカー、LinkedInトップボイス。
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