【~連載~One Asia Lawyers Groupのシンガポール法律コラム】
-第30回-シンガポールとオーストラリアにおける解雇規制の違い
シンガポール法(FPC)・日本法・アメリカNY州法弁護士 栗田 哲郎
日本法・アメリカNY州法弁護士 坂本 真一郎

こんにちは。One Asia Lawyers Group(Focus Law Asia LLC)です。
前号では、シンガポールにおいて2027年末までに施行が予定されている Workplace Fairness Act(WFA) の概要と企業の対応について解説しました。WFAは、採用や昇進、解雇などの雇用判断において差別的取扱いを禁止するものであり、シンガポールにおける雇用法制の重要な転換点といえます。
今回は、少し目線を変えて、これと対比する形で、オーストラリアにおける解雇規制について概観します。シンガポールと比較すると、オーストラリアの雇用法制は一般に労働者保護が強い制度として知られており、企業が進出する際には特に注意が必要です。
国によって法制度が違うということを面白く捉えていただく機会となれば幸いです。
1. シンガポールにおける解雇規制
シンガポールでは、雇用契約に基づく解雇が原則として認められており、企業は比較的柔軟に人事管理を行うことができます。もっとも、近年は公正な雇用慣行の確保を目的として規制が強化されつつあります。
その代表例が、今回施行が予定されている Workplace Fairness Act(WFA) です。
同法では、年齢、性別、国籍、妊娠、障害などの保護対象属性を理由とする差別的な雇用判断を禁止しており、違反が認められた場合には行政措置等の対象となる可能性があります。
このようにシンガポールでも従業員保護の制度は整備されていますが、解雇の妥当性について広範な司法審査が行われるオーストラリアと比較すると、企業が合理的な経営判断として解雇を行う余地は比較的広い制度といえます。
2. オーストラリアにおける解雇規制
これに対し、オーストラリアでは Fair Work Act 2009 に基づき、不当解雇(Unfair Dismissal)に関する詳細な規制が設けられています。
従業員は、解雇が以下のいずれかに該当する場合、Fair Work Commission(FWC) に申立てを行うことができます。
| -解雇の理由が正当でない -手続が公正でない -解雇が過度に厳しい又は不合理である |
FWCは、解雇の有効性を判断する際、例えば以下の点を考慮します。
| -解雇理由の合理性 -従業員に弁明の機会が与えられていたか -懲戒手続が適切に行われていたか -警告等の段階的措置が取られていたか |
不当解雇と判断された場合、復職命令または補償金の支払いが命じられる可能性があります。
もっとも、この制度にはいくつかの重要な適用要件があります。
例えば、
| -雇用継続期間 〇大企業:6か月以上 〇小規模事業者(15人未満):12か月以上 -高所得者閾値 年収が183,100ドル(2024年時点)を超え、アワードやエンタープライズ契約の適用を受けない従業員は申立資格を持たない場合があります。 -申立期限 解雇後21日以内にFWCへ申立てを行う必要があります。 |
また、オーストラリアにはGeneral Protections制度があり、差別的理由や権利行使を理由とする解雇は別途違法となる可能性があります。
3. シンガポールとオーストラリアの制度比較
両国の制度を比較すると、次のような違いがあります。
| 項目 | シンガポール | オーストラリア |
|---|---|---|
| 基本的な解雇制度 | 契約ベースで比較的柔軟 | 法令による詳細規制 |
| 不当解雇救済 | 限定的(主にWrongful dismissal、WFA施行後は差別的解雇も対象) | 広範(Unfair dismissal) |
| 審査機関 | MOM / TADM / ECT | Fair Work Commission |
| 救済 | 補償等が中心 | 復職命令または補償 |
このように、オーストラリアでは解雇に関する法的リスクが高く、手続的な適正及びそれに対する審査が強く求められる点が特徴です。
4. 企業が留意すべきポイント
シンガポール企業や日系企業がオーストラリアに進出する際には、特に以下の点に注意が必要です。
| -解雇前の警告・改善機会(Performance Improvement Plan)の付与 -懲戒手続の記録管理 -人事判断の合理的理由の文書化 |
シンガポールの実務感覚のまま人事管理を行うと、オーストラリアでは思わぬ法的リスクにつながる可能性があります。
5. おわりに
シンガポールではWFAの施行により、公正な雇用慣行の確保がより強く求められるようになります。一方で、オーストラリアでは既に不当解雇制度が広く整備されており、企業の人事判断に対する法的審査が厳格に行われています。
企業が複数の国で事業展開を行う場合には、それぞれの雇用法制の違いを理解し、適切な人事管理体制を整備することが重要といえるでしょう。
【執筆者】
One Asia Lawyers Group/Focus Law Asia LLC
シンガポール法(FPC)・日本法・アメリカNY州法弁護士 栗田 哲郎
日本法・アメリカNY州法弁護士 坂本 真一郎
<栗田 哲郎お問い合わせ先>
E-mail:tetsuo.kurita@focuslawasia.com
<坂本 真一郎お問い合わせ先>
E-mail:shinichiro.sakamoto@oneasia.legal
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One Asia Lawyers Groupは、アジア全域に展開する日本のクライアントにシームレスで包括的なリーガルアドバイスを提供するために設立された、独立した法律事務所のネットワークです。One Asia Lawyers Groupは、日本・ASEAN・南アジア・オセアニア各国にメンバーファームを有し、各国の法律のスペシャリストで構成され、これら各地域に根差したプラクティカルで、シームレスなリーガルサービスを提供しております。
| One Asia Lawyersグループ拠点・メンバーファーム 24拠点(2023年8月時点) ・ASEAN(シンガポール、タイ、マレーシア、ベトナム、フィリピン、インドネシア、カンボジア、ラオス、ミャンマー) ・南アジア(インド、バングラデシュ、ネパール、パキスタン) ・オセアニア(オーストラリア、ニュージーランド) ・日本国内(東京、大阪、福岡) ・中東(アラブ首長国連邦(UAE/ドバイ・アブダビ・アジュマン)) ・その他(ロンドン、深圳(駐在員事務所)) ・メンバー数(2023年8月時点) 全拠点:約400名(内日本法弁護士約40名) |
栗田哲郎 Tetsuo Kurita
| One Asia Lawyers Group / 弁護士法人 One Asia 代表弁護士(シンガポール法(FPE)・日本法・アメリカNY法) tetsuo.kurita@oneasia.legal |
2004年より日本の大手法律事務所(森・濱田松本法律事務所)に勤務後、スイス・アメリカへの留学を経て、シンガポールの大手法律事務所(Rajah & Tann)にパートナー弁護士として勤務。その後、国際法律事務所(ベーカーマッケンジー法律事務所)においてアジアフォーカスチームのヘッドを務め、日本企業のアジア進出・M&A・紛争解決に従事する。
その後、2016年7月One Asia Lawyers Groupを創設(シンガポールのメンバーファームはFocus Law Asia LLC)し、シンガポールを中心にアジア全般のクロスボーダー法務(クロスボーダーM&A、国際商事仲裁等の紛争解決、国際労働法等)のアドバイスを提供している。
2009年よりシンガポールに拠点を移し、2014年日本法弁護士としては初めてシンガポール司法試験(Foreign Practitioner Certificate)に合格、日本法・アメリカNY州法に加えて、シンガポール法のアドバイスも提供している。
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