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第200回[中東情勢×シンガポール]米国・イスラエルによる対イラン軍事作戦に対するシンガポールの危機管理対応

【~連載~川端 隆史のアジア新機軸】
第200回[中東情勢×シンガポール]米国・イスラエルによる対イラン軍事作戦に対するシンガポールの危機管理対応

元外交官 × エコノミスト 川端 隆史のアジア新機軸

2026年2月28日、米国とイスラエルによるイランへの軍事作戦が開始された。これに対し、イランは域内各国への報復攻撃を実施しており、中東情勢は緊迫化している。

国際貿易と多国間協調を国家運営の基盤とするシンガポールにとって、中東地域における不安定化は経済および安全保障上の重大な懸念事項だ。

外交面ではシンガポール政府は中立的かつ原則的な立場を維持する姿勢を示した。外務省は攻撃開始直後、交渉の不調と事態の悪化に対して遺憾の意を表明し、すべての当事者に対して国際法および国連憲章に基づく平和的解決への回帰を求めた。

リー・シェンロン上級相も、事態の終息は見通しにくく、全体的な不確実性が世界の貿易や投資を停滞させる可能性があると懸念を表明した。また、ローレンス・ウォン首相は外遊先の韓国で、イ・ジェミョン大統領との首脳会談の際、中東情勢が世界の安全保障やエネルギー供給網に与える影響を協議し、中堅国家として地域の安定回復に寄与する方針を確認した。

経済面では、エネルギー価格の変動に対する警戒が強まっている。ガン・キムヨン副首相兼貿易産業相は国会において、ホルムズ海峡の航行リスク等により世界のエネルギー価格が上昇する可能性に言及した。事態が長期化した場合、企業や消費者への負担が増加するため、政府としてGDP成長率やインフレ率の予測を再評価する用意があるとした。

これに対する国内向けの緩衝措置として、政府は「2026年度予算案」に盛り込まれた生活費支援策(特別給付金やCDCバウチャーなど)を活用し、家計への影響を軽減する構えを見せた。また、シンガポール金融通貨庁(MAS)も為替レートの調整を通じて輸入物価の上昇圧力を緩和する姿勢を示している。

国内の治安維持と国民保護に関しても、政府は迅速な措置を講じている。入国管理・検問庁(ICA)は2月28日より、陸海空のすべての検問所において、旅行者や貨物に対するセキュリティ・チェックを強化した。国境での待機時間増加という経済的・社会的コストを受容してでも、不測の事態を水際で防ぐ方針である。

また、外務省は中東15か国・地域に対する渡航延期勧告を発出した。現地滞在中の国民に対しては「eRegister(電子在留登録)」を強く推奨した。併せて、民間航空網の混乱を受けて、隣国を経由する陸路を含めた退避支援(Assisted Departure)の意向調査を開始するなど、事態の推移に応じた保護体制を敷いている。

以上のように、シンガポールは特定の陣営に偏ることなく国際法の遵守を主張する一方で、国内経済の防衛と国民の安全確保において極めて現実的な対応をとっている。大国間の対立や地政学的リスクが高まる現代において、限られた資源と外部依存度の高い供給網を持つ小規模国家がどのように自国の安定を維持していくか、その体系的な危機管理を示している。

韓国訪問中に中東情勢に懸念を示したローレンス・ウォン首相(出所:Prime Ministers Office Singapore)

*2026年3月4日脱稿

プロフィール

川端 隆史 かわばたたかし

Kroll日本支社
シニア・バイス・プレジデント

外交官×エコノミストの経験を活かし、現地・現場主義にこだわった情報発信が特徴。アジア新興国の政治経済、地政学、サイバーセキュリティ、アジア財閥、イスラム経済、スタートアップなどが主な関心事。

1999年に東京外国語大学東南アジア課程を卒業後、外務省で在マレーシア日本国大使館や国際情報統括官組織等に勤務し、東南アジア情勢の分析を中心に外交実務を担当。2010年、SMBC日興証券に転じ、金融経済調査部ASEAN担当シニアエコノミストとして国内外の機関投資家、事業会社への情報提供に従事。

2015年、ユーザベースグループのNewsPicks編集部に参画し、2016年からユーザベースのシンガポール拠点に出向、チーフアジアエコノミスト。2020年から2023年まで米国リスクコンサルティングファームのシンガポール支社Kroll Associates (S) Pte Ltdで地政学リスク評価、非財務・法務のビジネスデューデリジェンスを手がけた。

2023年にEYストラテジー・アンド・コンサルティングのインテリジェンスユニット・シニアマネージャーとしてビジネスインテリジェンスの強化を手がけた後、2024年4月よりスタートアップのジョーシス株式会社でジョーシスサイバー地経学研究所を立ち上げ、地経学とサイバー空間をテーマに情報発信。2025年11月よりKrollに復帰し、アジア新興国を中心とした企業インテリジェンス活動に従事。

共著書に「マレーシアを知るための58章」(2023年、明石書店)「東南アジア文化事典」(2019年、丸善出版)、「ポスト・マハティール時代のマレーシア−政治と経済はどうかわったか」(2018年、アジア経済研究所)、「東南アジアのイスラーム」(2012年、東京外国語大学出版会)、「マハティール政権下のマレーシア−イスラーム先進国を目指した22年」(2006年、アジア経済研究所)。

栃木県足利市出身。NewsPicksプロピッカー、LinkedInトップボイス。
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