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第199回[グローバル×半導体]拡大するパクス シリカ。「演算能力」がカギを握る国際秩序の時代へ

【~連載~川端 隆史のアジア新機軸】
第199回[グローバル×半導体]拡大するパクス シリカ。「演算能力」がカギを握る国際秩序の時代へ

元外交官 × エコノミスト 川端 隆史のアジア新機軸

「20世紀が石油と鋼鉄で動いていたとするなら、21世紀は演算能力(コンピューティング)とそれを支える鉱物によって動く。」これは、2025年12月12日に米国で開催された第1回パクス シリカ サミット前夜、米国務省ジェイコブ・ヘルバーグ次官の発言だ。

かつての覇権がエネルギーに依存していたのに対し、現代の国家の命運は、AIを駆動する「演算能力」とその物理的基盤である「重要鉱物」の確保にかかっている。第1回サミットでは、日、米、英、韓、豪、シンガポール、イスラエルの7か国が創設メンバーとして「パクス シリカ宣言」に署名した。

「パクス・シリカ(Pax Silica)」は、単なる貿易協定ではなく、AI時代の経済安全保障における新たなコンセンサスといえる。平和を意味する「パクス」と半導体の基盤「シリカ」を組み合わせたこの構想は、AIサプライチェーンを一つの巨大な「技術スタック(階層構造)」と捉え、その全層を同盟国内で完結させることを目指す。

この「スタック」は5階層で構成される。土台はリチウムやレアアース等の「重要鉱物」の採掘・精錬層。その上にデータセンターを動かす「エネルギー」と「ロジスティクス」が重なり、第3層に設計から製造、先端パッケージングまでの「半導体」が位置する。

さらに、クラウドや光ファイバー網の「インフラ」層があり、最上層に「AIモデル」とソフトウェアが据えられる。全階層において特定国家への威圧的な依存を排除し、信頼できるパートナー間での自給自足を図るものだ。

シンガポールは創設時から参画し、東南アジアにおけるAI・半導体ハブとしての地位を再定義した。2026年2月19日には、署名国向けに米国製AI製品の取得を迅速化する「コンシェルジュ サービス」の運用が開始され、同国はその実利を享受する最前線に立つ。

マレーシア、ベトナム、タイは現時点で署名国ではないが、参画への動きを見せている。マレーシアは「国家半導体戦略(NSS)」で先端パッケージング進出を狙い、ベトナムは2030年までの自国チップ製造を目標に掲げる。米国もこれら諸国を切り離さず、2026年2月発表の「エッジAIパッケージ」を通じて2億ドルを投じ、将来的なスタックへの統合を促している。

2026年に入りパクス シリカは拡大中だ。1月にはカタールとUAEが相次いで署名し、エネルギー面が強化された。さらに2月20日、インドが正式加入したことは決定的な転換点となった。当初インドは「周辺国」と見なされていたが、人材ハブの地位や2nmチップ設計の実績を根拠に「同盟者(Allies)」として迎えられた。

日本にとっても、材料・装置の強みを活かせる本構想への参画は産業活性化の鍵となろう。冷戦期の「鉄のカーテン」ならぬ「シリコン カーテン」が引かれた今、世界は効率の時代から、安全保障と信頼を前提とした新秩序へ移行したのだ。今後も本コラムではパクス・シリカの動向を注視していきたい。

パクスシリカをめぐる主な動き

出所)各種政府発表および報道等から筆者作成

 

*2026年2月25日脱稿

プロフィール

川端 隆史 かわばたたかし

Kroll日本支社
シニア・バイス・プレジデント

外交官×エコノミストの経験を活かし、現地・現場主義にこだわった情報発信が特徴。アジア新興国の政治経済、地政学、サイバーセキュリティ、アジア財閥、イスラム経済、スタートアップなどが主な関心事。

1999年に東京外国語大学東南アジア課程を卒業後、外務省で在マレーシア日本国大使館や国際情報統括官組織等に勤務し、東南アジア情勢の分析を中心に外交実務を担当。2010年、SMBC日興証券に転じ、金融経済調査部ASEAN担当シニアエコノミストとして国内外の機関投資家、事業会社への情報提供に従事。

2015年、ユーザベースグループのNewsPicks編集部に参画し、2016年からユーザベースのシンガポール拠点に出向、チーフアジアエコノミスト。2020年から2023年まで米国リスクコンサルティングファームのシンガポール支社Kroll Associates (S) Pte Ltdで地政学リスク評価、非財務・法務のビジネスデューデリジェンスを手がけた。

2023年にEYストラテジー・アンド・コンサルティングのインテリジェンスユニット・シニアマネージャーとしてビジネスインテリジェンスの強化を手がけた後、2024年4月よりスタートアップのジョーシス株式会社でジョーシスサイバー地経学研究所を立ち上げ、地経学とサイバー空間をテーマに情報発信。2025年11月よりKrollに復帰し、アジア新興国を中心とした企業インテリジェンス活動に従事。

共著書に「マレーシアを知るための58章」(2023年、明石書店)「東南アジア文化事典」(2019年、丸善出版)、「ポスト・マハティール時代のマレーシア−政治と経済はどうかわったか」(2018年、アジア経済研究所)、「東南アジアのイスラーム」(2012年、東京外国語大学出版会)、「マハティール政権下のマレーシア−イスラーム先進国を目指した22年」(2006年、アジア経済研究所)。

栃木県足利市出身。NewsPicksプロピッカー、LinkedInトップボイス。
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