【~連載~川端 隆史のアジア新機軸】
第198回[ASEAN×外交]2026年のASEAN議長国フィリピンが目指す、地政学的緊張への対処とデジタル経済の深化

元外交官 × エコノミスト 川端 隆史のアジア新機軸
2026年、国際機構としての東南アジア諸国連合(ASEAN)は重大な転換点を迎える。本来ならば、アルファベット順でミャンマーが議長国を務める順序であった。しかし、軍事政権が維持されたままであり、フィリピンが前倒しで議長国に就任した。マルコス政権下のフィリピンがどのような舵取りを行うかは、地域の安全保障と経済的繁栄の行方を左右する極めて重要な意味を持つ。
フィリピンが掲げるテーマは「共に未来をひらく(Navigating Our Future, Together)」である。同国政府は「平和と安全保障(Peace and Security)」、「繁栄(Prosperity)」、「人々(People)」という3つの柱(3つのP)を中心に据え、地域のレジリエンス強化を目指している。
安全保障面における最大の焦点は、中国、台湾、ベトナム、マレーシア、ブルネイ、フィリピンがそれぞれ領有権を主張している南シナ海問題である。ASEANにとっては中国の領有権への対抗が重要であり、2026年は、常設仲裁裁判所が中国の主張を退けた「南シナ海判決」から10周年という象徴的な年にあたる。
フィリピン政府は、この歴史的節目において、法的拘束力のある「南シナ海行動規範(COC)」の策定を加速させる意向を鮮明にしている。ASEANの「中心的役割(ASEAN Centrality)」にもかかわる重要な論点である。中国との間で緊張が続く中、フィリピンが域内諸国の利害を調整し、国際法に基づく統一された立場を形成できるか、その調整能力が問われる。
経済分野においては、ASEANデジタル経済枠組み協定(DEFA)の推進が最優先事項となる。2030年までに地域のデジタル経済を2兆ドル規模へと拡大させることを目指すこの協定は、域内のサプライチェーンの強靭化と経済成長の新たなエンジンとして期待されている。
フィリピン一国の視点からも、半導体や重要鉱物のサプライチェーンにおいて産業高度化や、中小企業(MSME)の育成支援でもデジタル化支援を掲げている。DEFAの進展は、断片化された市場を統合し、大国間競争に翻弄されない自律的な経済圏を構築するための鍵となる。
2026年はまた、「東南アジア友好協力条約(TAC)」調印から50周年という節目を迎える。主権尊重と不干渉というASEANの基本原則が揺らぐ中、フィリピンにはミャンマー問題や米中対立といった難題に対処しつつ、加盟11か国の結束を維持する高度な外交手腕が求められる。
*2026年2月10日脱稿
プロフィール
川端 隆史 かわばたたかし
Kroll日本支社
シニア・バイス・プレジデント
外交官×エコノミストの経験を活かし、現地・現場主義にこだわった情報発信が特徴。アジア新興国の政治経済、地政学、サイバーセキュリティ、アジア財閥、イスラム経済、スタートアップなどが主な関心事。
1999年に東京外国語大学東南アジア課程を卒業後、外務省で在マレーシア日本国大使館や国際情報統括官組織等に勤務し、東南アジア情勢の分析を中心に外交実務を担当。2010年、SMBC日興証券に転じ、金融経済調査部ASEAN担当シニアエコノミストとして国内外の機関投資家、事業会社への情報提供に従事。
2015年、ユーザベースグループのNewsPicks編集部に参画し、2016年からユーザベースのシンガポール拠点に出向、チーフアジアエコノミスト。2020年から2023年まで米国リスクコンサルティングファームのシンガポール支社Kroll Associates (S) Pte Ltdで地政学リスク評価、非財務・法務のビジネスデューデリジェンスを手がけた。
2023年にEYストラテジー・アンド・コンサルティングのインテリジェンスユニット・シニアマネージャーとしてビジネスインテリジェンスの強化を手がけた後、2024年4月よりスタートアップのジョーシス株式会社でジョーシスサイバー地経学研究所を立ち上げ、地経学とサイバー空間をテーマに情報発信。2025年11月よりKrollに復帰し、アジア新興国を中心とした企業インテリジェンス活動に従事。
共著書に「マレーシアを知るための58章」(2023年、明石書店)「東南アジア文化事典」(2019年、丸善出版)、「ポスト・マハティール時代のマレーシア−政治と経済はどうかわったか」(2018年、アジア経済研究所)、「東南アジアのイスラーム」(2012年、東京外国語大学出版会)、「マハティール政権下のマレーシア−イスラーム先進国を目指した22年」(2006年、アジア経済研究所)。
栃木県足利市出身。NewsPicksプロピッカー、LinkedInトップボイス。
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