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第192回[東南アジア×証券市場]2025年のIPO市場は活況、「量より質」へ転換

【~連載~川端 隆史のアジア新機軸】
第192回[東南アジア×証券市場]2025年のIPO市場は活況、「量より質」へ転換

元外交官 × エコノミスト 川端 隆史のアジア新機軸

Big4コンサル会社の一角、デロイトが11月18日に発表した東南アジアのIPO(新規上場)に関するプレスリリースが興味深い。フルレポートは2026年1月に発表される予定だ。

デロイトの調査によれば、2025年の最初の10.5か月間でIPO件数は102件と、前年の136件から減少したが、調達総額はUS$約56億に達し、前年比で53%と高い成長を遂げた。平均調達額は2024年のUS$約2,700万からUS$5,500万と倍増した。これは、質へのシフトとも言え、それを象徴しているのがシンガポールとフィリピンの動きだ。

シンガポール取引所(SGX)は、しばらくの間、テクノロジー企業の誘致競争で苦戦を強いられていた感が否めない。しかし2025年、SGXは「REIT(不動産投資信託)のハブ」という本来の強みを示して面目躍如たるところを見せた。特に注目すべきは、NTTデータのデータセンターREIT(NTT DC REIT)の上場である。AI時代の到来によりデータセンターは「21世紀の工場」とも呼ばれる。

他方、フィリピンでは水道事業大手のMaynilad Water Servicesによる約6億米ドル規模のIPOが実現した。水という生活に不可欠なインフラへの巨額投資は、「地味だが堅実」なビジネスモデルの王道と言える。

大型IPOで注目すべきはベトナムであり、金融が主役となった。Techcom SecuritiesとVPBank Securitiesという2つの証券会社による上場は、ブロックバスターと呼ぶにふさわしい規模となり、合計でUS$10億超を調達した。証券会社がこれほどの資金を調達できたことは、ベトナム国内の投資家層が厚くなり、株式市場そのものが社会に浸透していることを示唆する。ベトナム経済が次のステージ、つまり「資本の蓄積と循環」が自律的に機能する段階に入ったことを示している。

件数において地域をリードしたのはマレーシアだった。今年は60件見込みというペースで活況。他国とは一線を画した。その主役は、コーヒーチェーンのOriental Kopiといった消費財企業や、産業向け製品を扱う企業だった。マレーシアは高所得国が目前に迫っており、人口は3,000万人台ではあるものの、個々人の消費力の強さが反映されている。

インドネシアでも、菓子メーカー(PT Yupi Indo Jelly Gum)などが上場を果たした。インドネシアの2億7千万人という人口規模もさることながら、中間層が分厚くなりつつあることが影響しているだろう。

2025年の東南アジアIPO情勢は、「良い資産には、必ず資金がつく」という資本主義の原則が示された格好だ。東南アジアの証券市場が一段上の局面へとレベルアップした年と言えそうだ。2026年はどのようなIPOが飛び出すか楽しみだ。


*2025年11月26日脱稿


2025年の東南アジアのIPO概況

出所)Deloitte, Southeast Asia’s IPO market rebounds, driven by real estate, financial services and consumer sectors, 18 November 2025を元に筆者作成

 

プロフィール

川端 隆史 かわばたたかし

Kroll日本支社
シニア・バイス・プレジデント

外交官×エコノミストの経験を活かし、現地・現場主義にこだわった情報発信が特徴。アジア新興国の政治経済、地政学、サイバーセキュリティ、アジア財閥、イスラム経済、スタートアップなどが主な関心事。

1999年に東京外国語大学東南アジア課程を卒業後、外務省で在マレーシア日本国大使館や国際情報統括官組織等に勤務し、東南アジア情勢の分析を中心に外交実務を担当。2010年、SMBC日興証券に転じ、金融経済調査部ASEAN担当シニアエコノミストとして国内外の機関投資家、事業会社への情報提供に従事。

2015年、ユーザベースグループのNewsPicks編集部に参画し、2016年からユーザベースのシンガポール拠点に出向、チーフアジアエコノミスト。2020年から2023年まで米国リスクコンサルティングファームのシンガポール支社Kroll Associates (S) Pte Ltdで地政学リスク評価、非財務・法務のビジネスデューデリジェンスを手がけた。

2023年にEYストラテジー・アンド・コンサルティングのインテリジェンスユニット・シニアマネージャーとしてビジネスインテリジェンスの強化を手がけた後、2024年4月よりスタートアップのジョーシス株式会社でジョーシスサイバー地経学研究所を立ち上げ、地経学とサイバー空間をテーマに情報発信。2025年11月よりKrollに復帰し、アジア新興国を中心とした企業インテリジェンス活動に従事。

共著書に「マレーシアを知るための58章」(2023年、明石書店)「東南アジア文化事典」(2019年、丸善出版)、「ポスト・マハティール時代のマレーシア−政治と経済はどうかわったか」(2018年、アジア経済研究所)、「東南アジアのイスラーム」(2012年、東京外国語大学出版会)、「マハティール政権下のマレーシア−イスラーム先進国を目指した22年」(2006年、アジア経済研究所)。

栃木県足利市出身。NewsPicksプロピッカー、LinkedInトップボイス。
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