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第189回[日本×外交]東南アジアメディアは高市政権の誕生をどう報じたのか 〜入り交じる期待と警戒〜

【~連載~川端 隆史のアジア新機軸】
第189回[日本×外交]東南アジアメディアは高市政権の誕生をどう報じたのか 〜入り交じる期待と警戒〜

元外交官 × エコノミスト 川端 隆史のアジア新機軸

10月21日、高市早苗氏が第104代日本国総理大臣に就任した。日本史上、初の女性総理大臣ということもあり、国内外からの注目度が高い。東南アジア諸国の主要メディアは、地域に与える影響の視点から社説やオピニオン記事を掲載した。

高市氏は外務大臣経験は無いが、外交安保に関わるポストとしては、岸田内閣で経済安全保障担当大臣を2022年8月から2024年10月まで勤めた。

まず、インドネシアのジャカルタ・ポスト紙は、「日本の初の女性首相は象徴的ではあるが、進歩的とは限らない」としつつ、保守性に注目した。高市氏が安全保障強化や防衛費増額を掲げ、対中抑止の色を鮮明にしている点を取り上げ、「日本の右傾化がASEANに新たな緊張をもたらす可能性がある」と論じた。

一方で、日米同盟の枠組みを通じた地域安定への貢献には期待も寄せる。「象徴としての女性首相」と「現実政治家としての保守性」との間で揺れた。

次に、フィリピンのデイリー インクワイアラー紙は、フェミニズム的期待と現実のギャップを指摘する。同紙は「彼女は女性であるが、女性の権利拡大を必ずしも支持していない」とし、選択的夫婦別姓やLGBT法案への慎重な姿勢を批判的に取り上げた。

ただし外交面では、日比安保協力の深化が南シナ海情勢の抑止力になるとの見方を紹介し、「現実主義的な同盟強化」として評価する側面もある。

そしてタイのバンコク ポスト紙は、より地政学的視点から高市政権を位置づけ、社説で「岸田政権から保守派への政権交代は、日本政治の右へのシフトを象徴する」とした。そのうえで、ASEANが中国と米国の間でバランスを取ろうとする中で、「日本の姿勢硬化は地域外交を複雑化させる」と懸念を示す。

他方、経済協力や投資促進の継続が確認されれば「安定したパートナー」としての信頼は揺るがないとも言及した。

またベトナムのVNエクスプレス紙は、より実務的なトーンで報じている。同紙は、サプライチェーン再編や防衛装備移転などの政策が東南アジア経済にどのような影響を与えるかを分析した。特に、半導体や防衛産業分野での日本企業の動きが「地域の技術安全保障を左右する」として注視している。

これらの記事を総合すると、東南アジア諸国の論調はおおむね「期待と警戒の共存」と言える。女性首相誕生という象徴性を歓迎する一方で、保守的な国家観と強硬な安全保障政策が、地域秩序に波紋を広げる可能性を警戒している。

高市首相が掲げる「強い日本」は、東南アジアにとって頼もしい防衛パートナーにもなり得るが、同時に、対中摩擦の火種にもなりかねないからだ。

日本の右傾化は、ASEANにとって機会でもあり課題でもあるーーー。これは複数紙に共通する認識だ。高市政権が地域との対話と信頼をいかに築くか。東南アジアの注目度は高く、その一挙手一投足がつぶさに観察されていくだろう。

 

*2025年10月29日脱稿


プロフィール

川端 隆史 かわばたたかし

Kroll日本支社
シニア・バイス・プレジデント

外交官×エコノミストの経験を活かし、現地・現場主義にこだわった情報発信が特徴。アジア新興国の政治経済、地政学、サイバーセキュリティ、アジア財閥、イスラム経済、スタートアップなどが主な関心事。

1999年に東京外国語大学東南アジア課程を卒業後、外務省で在マレーシア日本国大使館や国際情報統括官組織等に勤務し、東南アジア情勢の分析を中心に外交実務を担当。2010年、SMBC日興証券に転じ、金融経済調査部ASEAN担当シニアエコノミストとして国内外の機関投資家、事業会社への情報提供に従事。

2015年、ユーザベースグループのNewsPicks編集部に参画し、2016年からユーザベースのシンガポール拠点に出向、チーフアジアエコノミスト。2020年から2023年まで米国リスクコンサルティングファームのシンガポール支社Kroll Associates (S) Pte Ltdで地政学リスク評価、非財務・法務のビジネスデューデリジェンスを手がけた。

2023年にEYストラテジー・アンド・コンサルティングのインテリジェンスユニット・シニアマネージャーとしてビジネスインテリジェンスの強化を手がけた後、2024年4月よりスタートアップのジョーシス株式会社でジョーシスサイバー地経学研究所を立ち上げ、地経学とサイバー空間をテーマに情報発信。2025年11月よりKrollに復帰し、アジア新興国を中心とした企業インテリジェンス活動に従事。

共著書に「マレーシアを知るための58章」(2023年、明石書店)「東南アジア文化事典」(2019年、丸善出版)、「ポスト・マハティール時代のマレーシア−政治と経済はどうかわったか」(2018年、アジア経済研究所)、「東南アジアのイスラーム」(2012年、東京外国語大学出版会)、「マハティール政権下のマレーシア−イスラーム先進国を目指した22年」(2006年、アジア経済研究所)。

栃木県足利市出身。NewsPicksプロピッカー、LinkedInトップボイス。
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